絆 5
「大地之助殿、怪我はないか?」

 五代は駆けつけた江田と共に大地之助を気遣った。

「…うん、大丈夫…」

 そう言うものの大地之助の身体は、恐怖の為小刻みに震えている。

 心の傷が深いことを思い、五代はくやしそうに言った。

「申し訳ない、私がついていながらあんな男に…!!」

「ううん…」

 大地之助は涙を拭いながら、五代の頭を上げさせた。

 江田が考え込みながら言う。

「今回のことは、すぐにでも殿にご連絡せねばなるまい。我々の落ち度で、殿の大事な大地之助殿に狼藉者が悪さをしたということを」

「えっ」

 大地之助はハッとした。五代は青い顔で答える。

「ええ、そうですね。これはゆゆしき問題です。飛脚を呼んで、今からすぐ京都へ…」

「言わないで!」

 五代の言葉を大地之助は遮った。

「…大地之助殿…」

 江田と五代は驚いた顔で大地之助を見る。

 大地之助は泣きそうな表情で続けた。

「…今殿がこのことをお知りになったら、きっと気にされてお仕事どころじゃなくなる。大事な殿のお仕事の邪魔したくないんだ。お願い、このことは殿には知らせないで」

 大地之助に懇願されて2人は思った。

 大地之助は自分のことよりも、殿のことを一番に考えている。

 あんな大男に、力づくで思いを遂げられそうになってものすごく怖ろしかっただろうに、自分のことよりも殿の仕事を気遣うなんて…。

 そう思うと、五代と江田は大地之助の気持ちを優先するしかなかった。

 江田が優しく微笑んだ。

「…分かった、大地之助殿。すぐには報告しないよ」

 大地之助はホッとしてニコッと笑った。

「だが、明日殿がお帰りになられたらこのことは速やかに報告する。警備の問題や、安井の処遇についても話し合わねばならないゆえ…良いか?」

「うん…」

 大地之助は辛そうにうなずいた。

 眠りにつく前は、殿が帰ってくることを楽しみにしているだけで済んだのに。

 このようなことになってしまって、どちらにしても殿に心配をかけてしまうことを大地之助は悲しく思っていた。

 五代はそんな大地之助を気にかけて、明るく声をかけた。

「大地之助殿、安井は牢屋で厳重な見張りをつけている。今晩は我々2人がここにいるから、ゆっくりとお休みなさい。明日はいよいよ殿が帰ってくるぞ?」

「ありがとう」

 大地之助は礼を言い、殿の肌襦袢を強く抱きしめ眠りについた。



「おらっ!!明日殿がお帰りになってお前の処罰を決めるまで、ここで頭を冷やせっ」

 安井は両手を縄で縛られ、警備の男に地下牢に押し込められた。

「申し訳ないです〜。大地之助殿があまりに愛らしくて、思わず間違えてしまったんですよー。お許しください〜」

 情けない声で詫びる安井を、警備の男は一蹴した。

「だまれっ!!殿が目に入れても痛くないほど可愛がられている大地之助殿に不埒な真似をしようなどとは…とんでもないヤツだ。極刑は免れないからな!!」

「そんな〜〜」

 牢の柵を持ってとりすがる安井を無視して、男は牢の前から去っていった。

 その姿が消えたことを確認すると安井は態度を一変させ、くく、と含み笑いをした。

 地下牢に収容されているのは安井1人しかおらず、しんとしている。

 申し訳程度についてある小さな窓から、月明かりが僅かに差し込んでいた。

 それがフ…と影を帯びる。安井は小さな声で囁いた。

「…中村か?」

「へい、そうです」

 中村と呼ばれた男は、地下牢の外からかがんで安井を覗き込んだ。

 中村は、この城の材木運びの仕事をしている者で、後から入ってきた安井と仲良くなっていた。

「全て計画通りですね」

「ああ、うまくことが運んでる」

 2人は小さな窓越しに目配せして笑い合った。

「本当にこの城は警備が手薄でありがたいっすよ。で、どうでしたダンナ、大地之助殿の味見は」

 安井はにんまりと思い出し笑いをして言った。

「旨かったぜぇ。明日がますます楽しみになってきたよ」

「へへへ、そうっすか〜。あっしも早く大地之助殿を拝みたいっす」

 安井は材木運びの仕事のかたわら、大地之助を犯そうという計画を立て、この中村に協力を求めた。

 中村も男の童を好み、可愛いと有名な殿のお小姓を一度でいいから抱いてみたいと、大乗り気で手助けしているという訳だ。

 まだ見たことのない大地之助を想像し、デレデレと鼻の下を伸ばしている中村に、安井は告げた。

「俺は大人しくここで反省したふりをしてるから、明日の夕刻にここへ来てくれ」

「へい、ちゃんと道具を持って参ります」

 中村は軽く会釈して、寝所へ戻っていった。

 安井は満足そうに微笑みながら、先程大地之助に挿入した指を口に含んだ。

 大地之助の味がして、安井の股間は再び大きく膨らんだ。

「大地之助…あれで終わりだと思ってちゃいけねぇぞ…」

 そして大地之助の裸体を思い出しながら、魔羅を激しくこすり出した。



 次の日。

 大地之助は昨晩の疲れもあって、昼過ぎまで眠っていた。

 江田と五代も一晩中ついてくれていたようで、その姿を見て大地之助は一安心だった。

 起き出した大地之助は、城の中がおおわらわになっているのを見て驚いた。

 どうやら殿の仕事は京都で大成功を収めたらしく、色々なところからの貢ぎ物がたくさん届いている。

 それに5日ぶりに戻る城主を華々しく迎えようと、そうじや飾りつけ・食事等、城で働くありとあらゆる者が忙しそうに駆け回っていた。

 それを見ていると、夜には殿が帰ってくることを強く実感し、大地之助は嬉しくなった。

(ふふ…殿のお仕事がうまくいったみたいでよかった)

 大地之助は、昨晩の安井のことは忘れようと思った。

 忌まわしい出来事だったが、いつまでも引きずっていては江田や五代も気にするし、何よりも殿を悲しませてしまう。

 大地之助は、夜が来るのをひたすら待ち続けた。



「うわ〜〜!!何してんだよ、こんな時に――!!」

「うへー、すみませんんっっ」

 なにやら風呂場のほうが騒がしいので五代がそこへ行くと、なんとひのきの浴槽がパッカリ割れていた。

「…どっ、どうしてこんなことになったっ」

 五代が呆気にとられて風呂番の者に聞く。

「それが…はりきって風呂場の天井を掃除しようと、何人かが同時に浴槽に登ったらこんなことに…」

 浴槽はその圧力で何ヶ所も大きく割れ、これではすぐに補修できそうにない。

「殿がお疲れになってお帰りになるというのに、これでは入れないではないかっ」

「申し訳ございません…」

 五代に叱られて、風呂番の者は小さくなって謝った。

「仕方ない…かなり離れてはいるが、殿にはあの風呂場をお使い頂こう」

 五代は城の敷地のはずれにある、今は使われていない風呂場の掃除を命じた。

 そこは昔使われていた所で、風呂だけの小さな小屋になっている。あまりにも遠いので今は誰も近寄らず、人の気配が全くない場所だ。

「風呂の掃除が終わったら、まず大地之助殿に入って頂くから、すぐ入れるよう準備しておいてくれ」

 五代に言われ、風呂番の者達は急いで離れの風呂場へ向かっていった。



 殿の帰りを待って城中がバタバタしている隙に、その話を聞きつけた中村は人目を盗んで地下牢へ向かった。

「安井の兄貴、来やしたぜ」

 辺りを気にしながら中村は窓越しに声をかける。

「おう、ありがとな」

 中村は材木運びに使う道具を用いて、窓の柵を次々と切っていく。

 城に運び入れられる荷物や持ち込む人間の検査に追われて、警備兵たちは地下牢の中までは入ってこなかった。

 安井はいともたやすく地下牢の窓から抜け出すことができた。

 中村から風呂の話を聞いて、安井はニタリと笑う。

「偶然とはいえ、おもしろくなりそうだな」

 そう言って安井は中村を伴い、離れの風呂場へ先回りしに行った。



 大地之助が1人部屋で殿の帰りを待ち遠しく思っていると、五代が声をかけてきた。

「大地之助殿、お先に湯浴みに参ろう」

 五代は大地之助に城の風呂が壊れてしまったことを伝え、2人で離れの風呂に向かうことにした。

 新しい着物を持って城の中を歩いていると、江田が五代に慌てた様子で話しかけてきた。

「五代、こっちを手伝ってくれ。殿のお帰りまで間に合いそうにない」

 見れば、京都の大名たちからの貢ぎ物が山のように届き、それを書き記していく作業で江田はてんてこ舞いしている。

 五代はそんな江田に困った顔で言った。

「ですが、大地之助殿を離れの風呂へとお連れしなければなりません」

「そうか…。昨日のこともあるしな」

 江田は話しているのももったいない、といった様子で忙しそうに荷物をより分けている。

 大地之助はそれを見て、五代に明るく言った。

「僕、1人で大丈夫だよ。五代さん、江田さんを手伝ってあげて」

 五代は驚いた顔をした。

「大地之助殿、しかし…」

「大丈夫だって。あの男は地下牢にいるし、僕のせいで殿のお出迎えの準備が間に合わないと悪いもん。ねっ」

 大地之助に笑顔で言われ、五代は少し考えた。

「…分かった。それでは離れの風呂場まで私がお供させて頂くが、そこからはお1人で…ということにしようか」

「うん、ありがとう」

 大地之助は五代と共に馬に乗り、離れの風呂場へと向かった。