スリーパーズ10
そうしていると、2人きりの医務室に誰かが入ってきた。
大地はすがるようにそちらへ顔を上げた。
仕切りの向こうから現れたのは、背が高くまだ若い男だった。
非常に端正な顔立ちをしており、まるで人形のようだった。
中庭で自分たちを監督していた職員と同じ制服を着ている。その中の1人なのだろう。
「何をしている、ケヴィン」
「…シャ…シャマン」
ケヴィンが『シャマン』と呼んだ男は、非難するような厳しい口調だった。問われたケヴィンも、明らかに『しまった』という顔をしている。
大地はこの男が現れたこの隙に、下着を身につけ自分の衣服を何とか掴んで医務室を出ようとした。
その時、大地の肩がシャマンに軽くぶつかってしまった。
「あっ…ごめんなさい」
「……」
悪いと思い詫びた大地だったが、気味の悪い校医から早く逃れたくて、一瞬だけシャマンと目を合わせ頭を下げた。
シャマンは無表情で何も言わなかった。
だが、走り去っていく大地の後ろ姿をしばらく見ていた。
「…シャマン、今回のことは黙っといてくれるよな?」
眼鏡の奥の瞳が、媚びるようにシャマンを見ている。
「身体検査の名目で、またガキに悪戯したのか」
静かにそう言うシャマンは、大地が忘れていった身体検査の用紙を手にする。ケヴィンは鼻息を荒く噴きながら興奮気味に言った。
「だってさァ、そのガキが可愛くってさァ。まだ11歳だぜ。他のガキらと比べると全然幼いし、まだ汚れてないって感じだ」
『遥大地』という名前の横に貼られてある写真。シャマンは、確かに入所している他の少年たちとは異質なタイプに感じた。
普通に育った、幸せで純粋な少年。どこをどう間違えてこんなところへ入ってきたのか、と疑うほどである。
「なァ、シャマン、このことは黙っておいてくれるよな…?」
先程、返事をちゃんともらってないことを思い出し、再度ケヴィンはシャマンに念押しした。
「今までこの医務室、お前が使いたい時に使わせてやっただろう?…それに、さんざん一緒に愉しんだ仲じゃないか」
シャマンは自分の倍近く年上の男が、自らの保身のために恩を着せようとしている姿を見て情けなく、その上腹立たしかった。自然に大地の検査用紙を持つ手に力が入る。
シャマンの視線がますます厳しくなってきたことを察して、ケヴィンがその迫力に圧倒されかけた時、端正な口元が動いた。
「分かっている」
ケヴィンはホッと胸を撫で下ろした。
「…これはオレが預かっておく」
大地の検査用紙を見つめて、シャマンは医務室を出ようとする。
「えっ…お前、まさかそのガキ…!」
「……」
くるりとケヴィンに向き直ったシャマンの視線は、威圧するように鋭いものだった。それは有無を言わさず『黙れ』と語っていた。
「っ…わ、分かったよ。お前の好きにしろ」
シャマンの迫力に負けたケヴィンは、その視線から逃れるように目をそらしながら答えた。シャマンはそのまま、医務室を後にした。
「っ、くそっ!」
残されたケヴィンは、悔しそうにベッドの脚を蹴った。
大地はそのままラビを探して、先程の中庭に戻った。
ラビも身体検査を終えたため医務室へ行こうとしていたところで、再会できて2人はホッとした。知らない人間ばかりに囲まれ、また妙なことをされた大地にとって、ラビの存在は
とてもありがたかった。
「大地、お前1人だけ医務室で検査受けてたんだって?どういうことだよ、大丈夫か?」
そう問われて大地は返事に困った。
「…ぅ…なんか変なことされたんだけど…」
「変なこと?」
ラビがいぶかしげな顔をする。大地は恥ずかしかったがラビに相談した。
「うん、あの…校医って名乗る人が検査してくれたんだけど、身体をいっぱい触ってくるんだ。それがなんか怖くて…オレ、お尻の穴の検査せずに逃げてきた」
「え?」
「ほら、他のヤツらがここで言ってただろ。お尻に何か隠してないかって調べる検査」
ラビは眉をひそめた。
「オレ、そんな検査してねェぜ。普通に身長とか体重の計測して、簡単な上半身の触診して終わりだったけど」
「……?」
どういうことだろう。大地が抗うと校医は『入所する者が全員受けなけらばならない検査だ』とすごい剣幕で言ったのに。
それではなぜ、あのケヴィンという男はあんなことをしてきたのだろう。大地は性器やお尻に触れられたあの指の感触を思い出し、その気持ち悪さに寒気がした。
ラビも、大地が変なヤツに体を触られたと知ってショックだった。また、大地がどこへ連れて行かれたのか自分に教えた職員の、あの意味ありげな顔。ラビは胸がざわめいた。
そうしていると、大地は自分の検査用紙がないことに気づいた。
「あっ、オレの紙っ…」
大地は焦った。事前説明では最終検査の際に回収すると言っていた。あの校医がはたしてそれを行うだろうか?
あの男の元へ取りに行かねばならないのか…と大地は落胆した。
