スリーパーズ11
すると突然、背後から男の声がした。
「遥大地」
自分の名を呼ぶ方を振り向くと、医務室で会った男、シャマンがいた。
改めて間近で見ると、その背の高さをより強く感じる。切れ長の美しい目は鋭い視線を発していて、整った顔立ちをしているがゆえにプライドが高そうで、また高圧的に見えた。
「…はい」
校医に言われて連れ戻しに来たのだろうか。大地はなぜこの男が自分の元へ来るのか分からず、おずおずと返事をした。その隣でラビも、初めて会ったシャマンの妙な迫力に黙り、
彼を見つめている。
「お前が医務室に忘れていた検査の用紙は、オレが提出しておいた」
そう言ってシャマンは少しの間大地を見つめていたが、すぐに踵を返し去っていく。
困っていた検査用紙のことを、威圧的なこのシャマンが処理しておいてくれたことが意外だったが、大地は立ち去るその後ろ姿にお礼を言った。
「…ありがとうございますっ…!それと、さっき医務室でも…あなたが来てくれなかったら僕…ありがとうございましたっ…」
振り向いて大地を見ていたシャマンは、フッと鼻で笑った。そしてニヤニヤと嘲笑いながら続けた。
「おめでたいヤツだな」
「……?」
急に笑われて、大地は意味が分からなかった。ラビも明らかに大地が馬鹿にされているのに気づいて、ムッとしてシャマンを睨んだ。
「オレがお前を助けたとでも思っているのか?なら、そいつは大きな勘違いだ」
大地たちにシャマンは向き直る。
「あれは単なる偶然だ。たまたまオレが入った医務室にお前がいて、たまたま逃げられただけのこと。検査用紙もオレの気分で出してやっただけのことだ」
シャマンはそう言いながら、腕を組んだまま2人の周りをぐるぐる回り出した。
大地はこの男にお礼を言ったことを、早くも後悔していた。ラビはシャマンの物言いにムカッ腹を立てているようで、シャマンの動きをずっと目で追いかけて睨みつけている。
身体検査の監督として配置されている職員たちが、全員黙ってこちらの様子を窺っている。シャマンはそのことに気づいた上で大地とラビに偉そうに言った。
「甘ちゃんのお前らに、いいことを教えといてやる」
シャマンは腰から警棒を抜いた。そして、大地とラビの胸にトン、トン、とそれぞれ一度ずつ当てた。
それを見て、職員らはハッとした。シャマンをじっと見たあと、ハァ、とため息をつく者、がっくりと肩を落とす者、様々な反応を見せていた。
警棒は軽く当てられたように見えるが、ドンという重い衝撃が大地とラビの胸に鋭く走った。シャマンは一気にまくし立てた。
「この少年院では、誰1人親切にしてくれる者などいない。看守も、教師も院長も、入所しているクソガキどもも、みんな自分のことしか考えていない。お前たちはそういう場所に
来たんだ。ここは最低の場所だ。これはオレがお前たちにしてやる、最初で最後の親切な忠告だ」
表情を曇らす大地を見て、シャマンは満足そうににやりと笑って立ち去った。ラビが睨んでいることには気づいていたが、無視していた。
その後ろ姿を見て、ラビが小さな声で呟いた。
「偉そうにしやがって…」
するとシャマンは急にくるりと振り返った。そしてツカツカと近づいてくる。
聞こえてしまったのかと、大地とラビは身体を強張らせた。
「弱いくせにギャンギャン吠える仔犬ども…今はまだ何も分かっていないからだろうが、いつまでそんな風にいられるのか見ものだな」
嫌味に2人を見つめて、シャマンは去っていった。
「…なんだよアイツ…ムカつくヤツだな…」
「…うん…」
ラビは虚勢を張っていつもの口調であったが、その声は少し震えていた。
今のシャマンの態度や話を踏まえてこれからの数か月を考えると、2人は言いようのない大きな不安を感じた。
その時ふと、大地の耳に数人の職員の話し声が聞こえてきた。
「あ〜あ、シャマンのヤツがあいつらに目をつけちまった…」
「警棒でマーキングしたんだもんなぁ…もう誰も手ェ出せねェよ」
「くそ、久々のヒットだったのに…」
大地には何のことか分からなかった。
ただ大地もラビも、シャマンに警棒で小突かれた胸が、じんじんと重く痛んでいた。
