スリーパーズ12
 大地たちの部屋は、少年院の一番西側に建っているC棟の2階に割り当てられた。

 どうやらこのフロアには、収容されている在院者は少ないようだ。廊下がひっそりと静まり返っている。

 部屋は個室制で、ラビと大地ははす向かいの部屋になった。離れ離れにならずにすんで、2人は心底ホッとした。


 大地は職員に案内されて部屋に入る。そこは想像していたよりもずっと広く、清潔で整理されていた。

 6畳ほどの広さがあり、右の奥に簡易ではない、ちゃんとしたベッドが置かれている。

 左の奥には机と椅子のセットがあり、その手前にチェストが一台あった。

 ベッドのシーツも白く、掃除も行き届いている。ちょっとしたビジネスホテルのような雰囲気だった。

 少年囚を収容する監房に他ならないのだが、そう呼ばずに『部屋』と呼ぶ理由。大地はそれが分かったような気がした。


 ただ、入口の鉄格子窓がついた重い扉、剥き出しのトイレなどを見ると、ここは少年院の監房なんだと思い知る。

 扉の両脇にくもりガラスの窓が左右にそれぞれ1つずつあったのだが、大地はそれが液晶フィルムが貼られた調光ガラスだと気づいた。ワンタッチで透明になるそれがあるということは、

職員がこちらを管理する上で使用するということだ。


 どんなに綺麗に見えても、ここはくつろげる場所ではない。

 部屋の奥の鉄格子がはめられた小さな窓。そこからは灰色の雲が覗いていた。

 大地はベッドに腰掛け、猛烈な寂しさと不安感に襲われた。

(オレ…ここで半年以上もやっていけるかな…)

 先程の医務室での一件、またシャマンという威圧的な男の言っていたこと。それを考えると、胸がどんよりと沈んだ。


 すると突然、部屋の扉を乱暴にノックする者がいた。

 大地はビクッと身体を跳ね上がらせてそちらを見る。

 扉の鉄格子の向こうに、先程のシャマンがいた。不遜な態度で大地を一瞥し、そのまま鍵を開けて中へ入ってきた。

 大地はシャマンの後ろを見て仰天した。そこには、シャマンよりさらに大きな男が立っていたからだ。

 スキンヘッドで、口や顎の周りに悠々とひげを蓄えている。スラリとした印象のシャマンと比べると、2倍以上はあろうかという大柄な体格で、その上鎧のような筋肉を纏っており、

かなりガッチリとしていた。

 だがその男の態度はシャマンと正反対で、何が可笑しいのか終始ニヤニヤと笑っていた。


 大地は2人が入ってきた時、反射的にベッドから立ち上がっていた。

 どうして良いのか分からずにその場に立ち尽くしていると、シャマンはうっすらと笑って言った。

「偶然だな。この棟はオレたちの担当なんだ」

「…はぁ…」

 大地はそう言われて、我ながらよく分からない返事をする。だがそれを言われてとても嫌な予感がした。

 するとシャマンの隣にいるゴリラのような大男が口を開いた。

「オレはナブーだ。看守の班長のシャマンとオレによォく媚を売っとかないと、これからの半年は辛いものになると思っとけ。オレらには逆らうなよ?オレらの言うことには絶対服従だ」

 偉そうにペラペラしゃべる男を大地が見つめていると、大地を捕らえるナブーの視線が少し変わった。そしてゆっくりと大地の身体を上から下まで見ながら言った。

「お前とラビがオレたちの担当になってくれて嬉しいぜ…この半年は相当愉しめるな…」

 舌なめずりしながら呟くナブーの視線は不気味だった。身体検査の名の元に妙なことをしたケヴィンのそれを思いだして、大地は気分が悪かった。


 突然シャマンの鋭い声が響いた。

「服を脱げ」

「え…ここで?」

「脱衣所なんてものが見えるか?さあ、脱ぐんだ」

 大地はシャマンとナブーの視線が嫌で、もう一度尋ねた。

「あなたたちの見ている前で?」

 するとナブーが笑いながら答える。

「ここではなんでも誰かの前でするんだ。食うのも寝るのもクソするのもな。その誰かってのはオレたちだけどな」

 シャマンの後ろにいたナブーは、ずいっと2~3歩大きく歩み出て、大地の目の前に来た。近くに来ると、その身体の大きさに圧倒された。


「脱がないならオレが脱がしてやろうか」

 そう言って大男の手が大地に伸びた。

 赤いジャンパーの両肩を勢いよく後ろにひん剥かれて、中に着ていたタンクトップが一緒にずれ、華奢な肩が覗く。

 そして大きな分厚い手で引き寄せられ、大地ははっきりと恐怖を感じた。


「っ…!じっ、自分で脱ぐっ…!」

 大地はそのまま、2人が見ている前で服を脱ぎ始めた。上着とタンクトップ、ズボンを床に脱ぎ捨てる。

 それを見てナブーは楽しげに口笛を吹いている。その曲をどこかで聞いたことがあるような気がする。そうだ、家族で見ていたバラエティ番組で、コメディアンがこの曲にのせて

服を脱いでいたんだ。

 大地はナブーにバカにされていると感じ、悔しかった。


 靴下とブリーフ1枚という格好になり、大地はシャマンを見上げた。シャマンは冷酷に言い放つ。

「全部だ」

「……!」

「お前はこれからここで支給されたものしか身につけてはいけない。下着から何から、すべてだ」

 大地は絶句した。すぐに拒絶したかったが、シャマンがそれを許さないだろうと察知した。

 ナブーがニヤニヤしながら、さらに1歩歩み出る。まごまごしていると、さっきみたいに強引にブリーフを引きずりおろされてしまう。それだけは嫌だった。


「恥ずかしいなら、向こうを向いていてもいい」

 シャマンが口の端を片側だけ上げて笑った。

 ナブーは一瞬「?」という顔をしたが、すぐに合点がいった様子で賛同した。

「あーそうだそうだ。ちんちん見られるの、恥ずかしいもんなァ。オレたち優しいな~」

 くすくすと笑ってナブーはシャマンの肘を軽く小突く。シャマンは警棒で首筋をトントン叩いて言った。

「ぐずぐずするな」

 殴られるかもしれない、と思い、大地は慌ててシャマン達に背を向けた。

 顔は見えていなくても、彼らがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていることが分かった。


 大地はひとまず靴下を脱いだ。ナブーがまた口笛であの曲を奏でていた。

 ブリーフに手をかける。脱ぐのに一瞬たじろいだが、心を決めて一気に下へ下げた。

 大地の白くて小さなお尻が晒された。ピュウッ、とナブーのものであろうひときわ大きな口笛が部屋に響く。

 2人の視線が自分のお尻に集中しているのを感じる。大地は恥ずかしくてたまらなかった。


 背後から再びシャマンが声をかける。

「こっちを向け」

 続けてナブーの噴き出す笑い声が聞こえた。

 さっきは『恥ずかしいなら向こうを向いていていい』と言ったくせに、そのまま振り向けば結局全部見られてしまうではないか。

 大地は、シャマン達が自分を苛めて悦んでいることをはっきりと感じた。

 こいつらはきっと、少年たちが逆らえないのをいいことに、この少年院でずっとこんなことばかりをしているんだ。


 そう思うと大地は腹が立ってきた。

 本当は向き直りたくはなかったが、バカにされていることをなんとも思ってないんだとシャマン達に分からせたくて、大地は何も言わずに素っ裸で2人の方へ振り返ってやった。


「……」

 大地のささやかな反抗をその表情から感じとったのか、シャマンは一瞬ぴくりと眉をひそませた。

 ナブーは先程までニヤニヤしていたのに、今度は急に静かになり、大地のペニスを凝視している。

 大地は恥ずかしさと怒りから、誰とも目を合わせていなかった。2人が何も言わないので、大地から声をかけた。

「今度は何をすればいいの?」

 相変わらず射るような視線のまま、シャマンは顎でチェストの上を指した。

「そこにある服を着ろ」

 見れば、この少年院で着用する服が置いてあった。ベッド脇の床にプラスチック製のカゴがあり、警棒でそれを示しながらシャマンは続けた。

「着てきた服はこの中へ入れておけ。後で職員が回収に来る。ここを出るまで院で預かっておく」

 大地はシャマンの話を聞きながら、チェストの上の濃いグレーの服に手を伸ばした。シャマンの隣にいるナブーの視線が自分にまとわりついていて、息苦しかった。


「30分後に集会がある。服を着たらすぐに中庭へ集合しろ」

 そう言い捨て、シャマンはくるりと扉の方へ振り返った。

 ナブーのなんとも言えない視線から少しでも身を隠そうと、服を頼りなく引き寄せている大地。ナブーはシャマンについて行きながら、そんな少年にいやらしい笑みを浮かべて言った。

「次はお前のおトモダチ、ラビのとこだ」

 こいつらは今みたいなことを、ラビにも行うつもりなんだ。大地は口を引き結んでナブーを睨んだ。

 シャマンはさっさと部屋を出て、スタスタと歩いていく。ナブーはわざと舌なめずりをしながら大地の全身を舐めるように見る真似をして、幼い身体が強張るのを見ると満足して去っていった。


 冷酷な表情で異常なまでの威圧感があるシャマン。

 下品で、得体の知れない気味の悪いナブー。

 あいつらが自分たちのいる棟の看守。大地の不安感はますますつのる。

(…アイツら、何だってんだ…)

 心の中で悪態をついてはみるものの、服をギュッと力いっぱい抱きしめる手に大地の本音が表れていた。


 ドンドン!と激しくドアをノックする音が聞こえた。シャマンとナブーがラビの部屋を訪れた音だった。