スリーパーズ17
 食事と床の掃除を終え、日課である授業類をこなした大地とラビは、夜の食事も無事に済まし、それぞれの部屋に戻った。


 大地は、食堂でのシャマンが頭から離れなかった。

『このカタはきっちりつけてもらうぞ』。

 そう言ったからには、シャマンは必ず自分たちを狙って何かをする。それがいつ、どういった手段でかは分からない。でもそれは決して生ぬるいものではないであろう。

 大地の背筋に寒いものが走った。

(お母さん…お父さん…じいちゃん、大空…!)

 鉄格子の外はすっかり日が暮れて真っ暗で、大地の心をますます不安にさせる。家族のみんなが恋しくて仕方なかった。


 そうしていると、カツン…カツン…と何人かの足音がドアの向こうから響いてきた。

 就寝時間まで時間はまだあったが、大地はまた難癖をつけられては嫌だと慌ててベッドに入った。

 するとその足音たちは、大地の部屋の前で止まった。そしてガチャガチャと扉の鍵を開ける音がする。

(……っ)

 何も声をかけずにいきなりドアが開いたかと思うと、シャマンが笑みをたたえながら入ってきた。


「さァ大地。食堂での反省会だ。起きてオレについてこい」

 大地の心臓が跳ね上がる。とうとう来た。その余裕たっぷりな口調から、ただならぬ空気を感じる。

 シャマンの後ろにはナブーがいる。その傍らには、手錠をかけられているラビの姿があった。

「ラビ!」

 ラビは大地を見た。その顔は真っ青だった。大きなナブーに肩を抱かれているのを見ると、とても小さく見えた。

「ど…どこへ…どこへ行くっていうの?」

 大地の質問にシャマンは答えず、スッと近づいてきて大地の手にも手錠をかける。

 シャマンとナブーは見つめ合ってニヤリと笑い、大地とラビを連れて部屋を出た。


 看守の2人に連れてこられたのは、自分たちのいるC棟の地下室だった。

 暗く湿った床や壁には、配管設備が剥き出しになっている。また不要なベッドやマットレス、チェスト、ソファ、テーブルなどが乱雑に置かれていた。

 そこにあるものほとんどが埃をかぶっている。ただところどころ、埃がないところがあって、それは床の一部であったり、マットレス、ソファなどであった。

 部屋全体はカビ臭く、それでいて埃っぽかった。すえたような匂いが漂っていた。

 それらの様子から、この場所には人の出入りがほとんどないであろうことが判別できた。そして今も、自分たち4人以外は人の気配がまったくなかった。


 こんな時間にこんなところに連れてこられて、大地は不安で胸が押しつぶされそうだった。

 それはラビとて同じだった。得体の知れない怖ろしさに耐えながら押し黙っている。

 地下室の鍵を閉められ、2人はニヤニヤと笑うシャマンとナブーにより、地下室の中央へと招かれた。そこは広場のように、ものを置いていない空間だった。

 シャマンは黒々と不気味に光る警棒を手にし、手錠姿で立ち尽くす大地とラビに口を開いた。

「さっきも言ったように、お前たちには昼間起こした騒動の反省を、ここでじっくりしてもらう」

 そうは言われても、大地はシャマンが自分たちにここで何をしようとしているのか全く見当がつかなかった。ひどく殴られでもするのだろうか。

 怖れで大地は固唾をのんだ。喉の奥がひどくヒリついていて、唾が上手く飲み込めない。その時初めて喉がカラカラに乾いていることに気づいた。


 怖くて怖くて、大地は思わずラビの方を向いた。

 ラビの顔は蒼白だった。この看守らが何をしようとしているか予想はつきかねたが、昼間の食堂で受けた屈辱よりもさらにひどいことを企んでいるに違いない。

 ラビもすがるように大地を見返した。


「この少年院ではオレたち看守は絶対的な存在だ。オレたちがルールなんだ。そうだろう、ナブー?」

 シャマンに同意を求められたナブーは、胸ポケットから煙草を取り出しながら答える。

「ああ、そうだ。聞けばお前らは2人して、シャマンの言うことを聞かなかった上に、口答えまでしたそうじゃないか。けしからん、なんてヤツらだ」

 煙草を一息吸うナブー。シャマンは続けた。

「クソガキらの前でオレに恥をかかせやがって…おまけにオセロのヤツがしゃしゃり出てきて、オレのメンツが丸潰れだ。この代償は大きいぞ?」

 シャマンが警棒でゆっくりと、自分の肩を叩いている。そのトン、トン、という音が、大地とラビの耳に障った。


 シャマンは2人の真正面に立って、顔を見比べながら言う。

「言っとくが、オセロは別の棟の看守だ。ああやって助けが入ることは今後一切ない。お前らの受け持ちはこのオレたちだ。オレたちに、昼間の詫びを入れて

もらうぞ」

 ナブーはシャマンの反対側、大地とラビを挟むように立っており、背後から2人の肩に手をかけていた。その大きな手は威圧感たっぷりで、大地もラビもさらなる恐怖へ誘われていた。


「ルールに従えない者は罰を受ける。当然のことだ」

 シャマンはそう言って、警棒の先で大地の顎を上向かせた。

 射抜くような鋭い目でじっと見つめられ、大地はたまらなくなって目をそらした。シャマンはそれを見て、クッと喉仏を縦に揺らせて笑った。


「っ…ここで何をしようって言うんだよ」

 勇気を出して疑問をぶつけるラビの声は、少し震えていた。

 ラビの問いかけにシャマンが答えた。

「お前ら2人が、オレたちの言うことをよォく聞くようになる、これ以上ない、有効で、絶対的なことをするんだよ」

 後ろからナブーのくぐもった笑い声が低く響いた。


 大地はシャマンの言葉を受けて、予期した通りひどい暴力をふるわれるのだと覚悟した。自然に脚が震えてくる。

 ラビは気分が悪くなり、倒れそうだった。

 絶望する大地に、シャマンの声が残酷に響く。

「お前たちは…もうここで、平和に生きる道を失った」

 大地の震えは全身に及んでいた。はめられた手錠がこすれ合って、カチャカチャとうるさいくらい音を立てていた。


 シャマンとナブーは少年らの頭上で視線を交わらせ、小さくうなずき合った。

 ぐふふふ…とナブーは下劣に笑いながら、ラビの真正面に躍り出る。

「さあ、宴の始まりだ」

 そう言うとナブーはラビの頭を乱暴に掴んで、自分の脚元へ無理矢理跪かせた。

 ぐらりとよろけるラビに、ほくそ笑みながらナブーは口を開く。


「オレのちんぽを、しゃぶれ」


 ラビはすぐさまナブーを見上げた。その顔は紅潮している。それはあまりの恥辱によるものだった。

 大地も、今自分が耳にしたことがにわかに信じられなかった。ズクン、と鼓動が跳ね上がるのを自覚した。


「おら、早く」

 ナブーはラビの髪を引っ掴み、その顔をズボンの中ですでに怒張している自分の性器に近づける。ラビは頭を振って抗った。

「い…やだっ!」

「…この期に及んで、まァだオレたちの言うことが大人しく聞けねェってわけだな」

 ナブーは新たな煙草に火をつけ深く吸い込むと、ラビの顔にその先端を近づけた。

「…っ!やめろっ!」

 ラビは煙草から逃れようと、必死で顔を背ける。ナブーは容赦なくラビの顎を手にとって、上向かせた。

「ひひ…その自慢のツラを水膨れだらけにしたくなきゃあ、ちんぽを取り出してオレにサービスしな」

「……!!」


 苦しそうな表情でナブーの煙草から遠ざかろうとするラビ。

 大地は、目の前でラビがひどい目に遭っているのを見て我慢ならなかった。シャマンの元を離れ叫んだ。

「やめろよ、ラビに何するんだっ!!」

「…大地…」

 制止するためナブーの腕を掴む大地。ラビはナブーのせいで乱れた髪の隙間から大地を見上げる。

 怒りによって頬を赤らめ、大きな瞳で自分を非難する眼差しを向ける少年。ナブーはじっくりと品定めするように大地を見つめ、高揚した顔で言った。

「…ふふん、大地か…あぁいいぜ、ラビを放してやっても」

 そう言ってラビを掴んだまま、ナブーは大地の頬に手を伸ばしてきた。

「お前が代わりにおしゃぶりしてくれるんならな」

 ナブーは大地の手首を手錠ごと掴んで、グイッとすごい力で引き寄せた。

「っ…!!」

 その力にものすごい恐怖を感じて、反射的に大地が身をひるがえそうとした時、シャマンがその肩に背後から手をかけた。

「お前はこっちだ」

 ナブーは自分から大地を奪うシャマンを見て、高らかに笑った。

「冗談だよ、シャマン。お前が大地を偉く気に入ってることは百も承知さ」

「お前のは冗談ととれないんだ。それに適当なことを言うんじゃない」

 シャマンはフンッと鼻を鳴らせた。

「おーコワ」

 ナブーは大地を連れて離れていくシャマンの後ろ姿に小さくひとりごちた。