スリーパーズ24
 大地がどうにかシャマンから解放された頃には、昼食の時間になっていた。


 ラビは1人、食堂で食事をとっていた。

 幸運なことに、大地がシャマンに連れて行かれた直後、ナブーは他の職員に呼ばれてラビの元を離れなくてはいけなくなった。

 その場しのぎではあるが、ラビはホッとした。

 体育の授業が中断したため、大地のいる医務室に向かおうとも思ったが、それはナブーに固く止められていた。

 そんなことをすれば、大地がもっとひどい目に遭うと脅されたのだ。

 あのシャマンと長いつきあいのあるナブーの言葉は、妙な説得力を持っており、ラビは従わざるを得なかった。

 ひとまず自分は、部屋で疲弊した身体を休める時間はできた。

 だがその分、大地の身が心配で心配でたまらなかった。


 深刻な表情でラビが座っていると、大地が自分の元へと近づいてくるのが見えた。

 体操服からいつもの服に着替えた大地の顔は真っ青で、目は泣いていたのだろう、赤かった。足取りもふらふらとおぼつかない。

 大地は昼食だというのにトレイを持たず、水の入ったコップだけを手にしていた。その手首は、拘束されていたことを物語るように赤く腫れている。


「大地、お前シャマンに…」

 前の席にゆっくり腰掛ける大地に、ラビは声を潜めて言った。だがこの言葉の続きが上手く出てこない。

 大地は下を向いて口唇を噛みしめている。みるみるうちに涙が大きな瞳にたまり、こぼれた。

 それを見てラビはすべてを察した。


「…午後の授業、休めよ。いくら普通の授業だからって、辛いぞ…」

 大地の身体をラビは気遣う。

「ありがとう、ラビ…でも、シャマンもさっきオレに笑ってそう言うんだ…あいつがひどいことしてくるくせに、そんなこと言うんだぜ?オレ、あんな男の言う通りにはしたくない…!」

 ラビが優しい気持ちで自分にそう言ってくれることは充分に分かっている。だが、シャマンは優しさなどではない。完全にバカにして面白がっているのだ。大地はそれが悔しくて悔しくて

仕方なかった。


 ラビは、大地の真っ直ぐな性格をよく知っている。それゆえに、卑怯で汚いことが許せないその気持ちが痛いほどよく分かった。

 反面、そんな大地だからこそシャマンが固執して痛めつけるのではないかと感じていた。

 大地の純粋な目を真正面から見られないシャマンが、それを疎ましく思うのではないか。その強さを踏みにじりたくなるのではないか。


「大地、お前の気持ちはすごく分かるけど…そういうのを見て、シャマンは余計お前にひどいことするんじゃないか?」

「……?」

 大地はラビの言っていることがいまいち理解できないらしく、眉根を寄せてラビを見た。

「思い通りに動かないお前…絶対に従おうとしないお前がシャマンは面白くなくて…」

「っ、じゃあラビは、シャマンの言うとおり…なんでも大人しく従えって言うのかよ!」

 大地の顔は先程より赤みが差していた。

 人一倍正義感の強い大地。太陽のような大地。ましてやシャマンに痛めつけられたばかりなら、ラビの意見にすぐ賛成できるはずもなかった。

 大地は震える声で誓った。

「オレ…絶対シャマンに負けない…あんなヤツに、心まで踏みにじられたくない…!」

「大地…」

 ラビはもう、何も言えなかった。


 レイプされた日以降、大地とラビはC棟の看守2人にことあるごとに性的に狙われた。

 夜中に部屋に来られて犯されることはもちろん、授業中などもいきなり教室に乱入して連れ去られた。教師の誰1人として、それを止められる者はいなかった。

 場所は、地下室だったり、トイレだったり、シャワールームだったり、様々だった。

 最初、埃だらけの地下室でところどころ埃がないところがあるのが不思議だった。が、何度かあの場所でレイプされることで分かった。床やソファ、マットレスが埃をかぶっていなかったのは、

その上でシャマン達が何度も少年たちをレイプしていたからだ。


 大地たちはいつレイプの被害に遭うか、いつも怯えていなければならなかった。

 あの足音が聞こえてくると、過度の呼吸困難が起こり、動悸が激しくなる。特に夜中、1人で部屋にいる時などに足音が響くと、とても怖ろしくとても不安で、シーツを頭からかぶって

壁に寄り添った。

 シャマンたちは大地とラビがそんな風に自分たちの影に怯えるのを見て面白いらしく、わざと部屋の前を思わせぶりに通り過ぎたり、警棒で扉を乱暴に叩いたりしてからかった。


 シャマンは大地を自分専用と言って憚らなかったが、自分自身は時折ラビをレイプすることもあった。

 ラビはシャマンに犯される時、ほとんど言いなりで大人しかった。

 ナブーの時も、諦めと相手を悦ばすだけということで無駄な抵抗はしなかったのだが、シャマンに対しては別の理由も大きくあった。


 ラビはシャマンが大地に執着していることを知っていた。自分以外の者には大地を誰にも触れさせない。

 ということは、自分のところにシャマンが来ている間は、大地は誰にもレイプされないということだ。


 ラビは大地に負い目を感じていた。

 自分が言い出したせいで人に大けがを負わせ、こんなところに入れられる羽目になった。

 明るくて誰からも愛される大地を、こんな悲惨な事件に巻き込んでしまったという負い目。

 
 ――こいつがオレのところにいる間は、大地は誰にも、何にも犯されないでいられる。

 ほんの少しの時間だけでも、大地を守れればいい。

 ささやかなものではあるが、大地にも言えない、ラビのせめてもの罪滅ぼしだった。


 暑かった夏も影を潜めて、ひんやりと涼しい秋の気配が強まった10月の半ば。大地とラビは、入所して1ヶ月半が経っていた。

 大地は収容されてからすぐに、母親の美恵に『面会には来ないでほしい』という内容の手紙を出していた。

 
 在院中に母さんや父さんの顔を見るのはただただ辛いだけだから。

 みんなに会っちゃうと、恋しくなって、残りの刑期を泣いて過ごすことになっちゃうと思うから。

 そのかわり、手紙は書くよ。ごめんね。


 美恵はすぐさま返事を寄越した。


 …大地がそう言うなら仕方ないわね。今すぐ飛んで行きたい気持ちをどうにか堪えて我慢する。

 手紙はみんなで楽しみに待ってるからね。


 その文面から、家族のみんなを落胆させたことが伝わってきて、大地は悲しくて、あんな手紙を出したことを少し後悔していた。

 その当時は書いた言葉通りの意味しかなかったが、今になって思うとあの手紙を出しておいて本当によかったと思った。

 シャマンに連日レイプされているこんな状態で、美恵や大樹に会うなどとてもじゃないができなかった。

 なんでもないようなふりをして両親の顔を見られる自信がなかった。自分の様子がおかしいことに気づき、ここで何が起こっているのか勘づかれるかもしれない。

 それは大地が最も怖れている事態だった。

 レイプの名の下、尊厳を踏みじられている。とても恥ずかしく、とても屈辱的な思いをしている。

 こんなこと、たとえ家族といえども、誰にも知られたくなかった。


 その思いはラビも同じで、大地と同じような手紙をV−メイに出していた。

 V−メイを説得するのは並大抵のことではなかったが、何通かのやりとりを経て、ようやく理解してもらえた。


 オレ、バァさんの顔見たら、甘えちまうと思うんだ。でも、自分たちのやったことの意味を、甘えの一切ない場所で、もう一度考え直したい。

 悪いなバァさん。イイ男2人に会えなくて寂しいと思うけど、そこのとこ、分かってもらえたら嬉しいな。


 本当は会いたくてたまらなかった。いつも微笑んでいるようなあの優しい目で見つめてほしかった。

 だがそうなったら、ラビもここでの惨状を隠しおおせる自信がなかった。『魔女』V−メイには、絶対に見破られてしまう。

 なら最初から面会に来させないのが一番だった。


 愛しい者に会いたいという大地とラビのささやかな希望さえ、シャマンは無残に打ち砕いたのだ。