スリーパーズ28
 その日の夕方。

 前日、非番だったシャマンが出勤してきた。

 車を降りてC棟に入ろうとしたところ、ある1人の少年に呼び止められた。

「…シャマン」

 見れば、そこにはホークの姿があった。ホークは大きな身体に似合わず、おずおずとした態度でシャマンを見上げた。

 シャマンは不遜な態度で見返す。何も言わなかったが、その苛立った鋭い目は『お前がオレに何の用だ』と語っている。

 その様子にホークは一瞬おじけづいたが、拳を握りしめてシャマンに言った。


「…近頃オレのところに来なくなったな」

「……」


 シャマンは、1年ほど前からホークと性的な関係を持っていた。


 悪ガキの集まる少年院の中でも、ホークはかなり素行が悪かった。入所者に対してだけではなく職員に対しても同様で、教師の耳に噛みついたり、新米看守から警棒をとりあげて

逆に打ちのめしたりと、数えればきりがないほどだった。

 そんなことを繰り返して、あげくレイプ騒動を起こした。そして懲罰房に入れられた際に、シャマンがホークをレイプしたのだ。

 シャマンはホークが好みのタイプでも、また性的欲求を刺激されたわけでもない。この少年院始まって以来の問題児を大人しくさせるには、レイプで辱めるのが一番効果的と思ったためだ。


 効果はてきめんだった。熊のような体格のホークが、それ以来シャマンには借りてきた猫のように大人しく服従するようになった。

 シャマンのあまりの威圧感にさすがのホークも逆らえないのだろうと、少年たちは単純にそう思い誰も気づかなかったが、職員たちはなんとなくことの成り行きを察していた。

 手段はどうあれ、あの問題児が少しでも大人しくなるならと、ここでも見て見ぬふりの体質が生かされて、誰も何も言わなかった。それどころか、シャマン様々と思う者も多くいたのだ。


 きっかけはレイプだったものの、ホークはシャマンに強引に犯されて悦んでいた。いかつい見かけと違って、意外にもそういうものを好む性癖の持ち主だった。

 何よりホークはシャマンに憧れていた。

 あの美しい顔をしたシャマンに有無を言わさず抑えつけられ、身体をこじ開けられる。冷酷な目で見つめられ、荒々しく求められる。

 それはホークにとってとても誇らしく、またこの上なく官能的だった。

 ホークはたちまちシャマンに夢中になった。


 それに対してシャマンは、ホークに特別な感情を抱いているわけではなかった。

 少年院の鬱屈とした毎日の中、憂さを晴らしたい時に気分次第で手荒に抱いていた。問題児ホークをそう扱える自分、唯一支配できる自分に酔いしれているという部分もあった。

 ホークはシャマンの思惑など知らず、ただ悦んでそれを受け入れていた。


 だが、それも大地が来てからはシャマンが自分の元へ訪れることは一切なくなった。

 ホークは不満に思い、意を決してシャマンに話をつけにきたというわけだ。


「それがなんだ」

 シャマンはそっけなく答えた。

「あの大地ってガキが、そんなにいいのかよ」

 ホークの言葉に、シャマンは片方の眉をピクリと上げて反応した。ホークは挑発的な口調で続ける。

「みんな噂してるぜ?あんたが大地に惚れてるって」

 シャマンのこめかみに血管が浮かび上がる。

 振り向きざまにホークを見ていたシャマンだったが、それを聞いて自分とそう変わらない背の高さの少年に向き直った。

 その瞳に怒りが宿っていることに気づいたが、ホークは離れていくシャマンの心を繋ぎとめたくて、そっと寄り添った。


「…シャマン…大地なんかほっとけよ。オレの方が何倍も気持ちいいことしてやる。オレならあんたにもっとイイ思いさせてやる…」

「言いたいことはそれだけか」

 シャマンはバカらしい、といった感じで、ホークを押しのけ建物内に入ろうとする。ホークは慌てて引きとめた。

「待てよシャマン!」

 ホークはシャマンの袖を掴んだ。 

「聞けば、大地はあんたのこと大嫌いみたいじゃないか」

 シャマンの口唇がピクっと震えた。

「…オレの気持ち、分かってんだろう!?オレは大地と違って、あんたのこと好…」

 必死にすがりつく少年を、シャマンは無情に突き飛ばした。

「うあっ!」

 その拍子にホークは大きく体勢を崩して、後ろに転んだ。地べたに尻もちをついたが、すぐに立ち上がろうとシャマンを見上げた。


 だがシャマンと目が合うと、ホークはその場に凍りついてしまった。シャマンは全身にただならぬ激しい怒りを纏っていた。

 自分を見下ろすその視線は、今まで見たことがないほどに凄まじい憤りを放っている。

「勘違いするんじゃない」

 シャマンは大きな声でホークを威嚇した。

 いつも無表情でクールなシャマンが、珍しく感情を表す時。それはいつも図星をさされた時だ。ホークは今までの付き合いでそれに気づいていた。

 そんなにもこの人は大地が特別なのか。


 そうして地面に転がるホークをそのままにして、シャマンは踵を返して立ち去ろうとした。ホークはショックで情けなくて、吐き捨てるように笑った。

「フッ…あんたも気の毒だな。大好きな大地に、嫌われてるなんてさ。そうだ、あんたの可愛い大地を近いうちレイプしてやろうか?」

 その言葉を聞いたシャマンは歩みを止めて、振り向きざまにホークの頬をすごい力で殴りつけた。

「っ…!!」

 ホークは血しぶきを口から飛び散らせながら倒れる。それでも許さず、シャマンはホークの胸倉を掴み上げ、数回殴り続けた。ただただホークはされるがままになっていた。


「っ、……」

 シャマンはホークを解放した。ホークは鼻や口から血を流していた。もう何も言うことができず、ただそこへぐったりと転がっていた。

 シャマンは肩で息をしながら、血で染まった拳を握りしめたまま言った。

「殺されたいのか貴様」

 ゾッとするような瞳で静かにすごむシャマンを見て、ホークは絶句した。

 忌々しく手についた血を振り払って、シャマンはC棟に消えて行った。その足音を聞きながら、ホークはくやしさで血の味のする口唇を噛みしめた。