スリーパーズ29
 夕食の時間が終わり、シャマンは看守部屋でワインを飲んでいた。

 先程のホークの一件が忌々しかった。瀕死になるまで、もっと殴ればよかった。シャマンはワインを一気にあおった。


 そこへ、食堂の見回りが終わったナブーが帰ってきた。ナブーはシャマンと顔を合わせた途端、つかつかとすごい勢いでこちらへ近づいてくる。

「頼む、シャマン…大地とヤラせてくれっ…!」

 シャマンはナブーのしつこい申し出に面食らった。あれだけ断っているのにまだそれを言うのか。

 また、ホークに腹が立っているのも手伝って、すぐに断った。

「おい、何度言わせれば気が済む。あいつは…」

「ああ、ああ。シャマン専用で、お前がことのほか気に入ってるのは充分分かってる。だけどよ、昼間もあいつ見てたらもう我慢できなくなっちまって…。もう限界なんだよ、頼むシャマン…!

この通り!!」

 ナブーは合掌して、シャマンに頭を下げた。必死な様子で、今度は簡単に引き下がる気配がなかった。


 シャマンは夕方、ホークに言われたことを思い出す。

 まただ。周りのヤツらは、自分が大地に特別な感情を抱いているかのように思っている。

 何度屈辱を与えても、あくまで自分に逆らおうとする大地。そんなヤツが憎くて痛めつけているだけなのに、どうしてそうなるのか。

 シャマンは不思議でならなかった。


 目の前で深々と頭を下げているナブーを見返す。

 生粋の少年愛者のコイツにとって、いかにも純粋で少年らしい大地はさぞや魅力的に映っていることだろう。

 美味しい餌が目前にあるのに、長い間お預けを食らっている。一回りも年下の自分に、子どもをレイプしたいというだけであんなに頭を下げている中年の男。プライドもクソもあったもんじゃない。

 シャマンはナブーが滑稽に見えて、フッと笑った。


「…ああ、構わない」

「!」

 シャマンから意外にもあっさりOKの返事がもらえたので、ナブーは笑顔満開の顔を上げた。

「じゃ、じゃあ、さっそく今夜…ヤッちゃっていいかっ!?」

「好きにしろ」

 ナブーは飛び上がらんばかりの勢いで、大興奮といった様子だ。

「よォ〜〜〜し!!まずは地下室に連れてって…ヒヒ、どう食ってやろうかな〜〜〜?」

 頭の中ですでに大地を犯し始めているナブーを、シャマンは静かに見つめていた。


 …これでいいんだ。これでオレが大地に夢中だなどと、バカげた噂は消える。これでいいんだ。

 シャマンは無意識に、何度もその言葉を頭の中で繰り返した。



 今夜は珍しく、廊下に響く看守の足音が聞こえない。

 不審に思ったものの、毎夜毎夜あの足音が部屋の前で止まることに心臓が止まりそうなほど怯えて過ごしている大地にとっては、少しだけではあるがホッとしていた。

 いつもなかなか寝つけないところが、今夜はその安堵感もあって、目を閉じるとすぐに眠りに入った。


 それから1時間ほど経った頃だろうか、足音を忍ばせつつ大地の部屋に近づく大きな影があった。その正体はナブーだ。

 シャマンの許可を得たことで、思う存分憧れの大地を堪能できる。その悦びが目に見えるほど、ナブーは舞い上がっていた。


 そ〜っと音を立てないように、大地の部屋の鍵を開けて中に入る。

 大地は日頃の疲れからか熟睡しているようだ。いつもなら自分たちの気配に怯えてベッドの上で壁に向いて身を固くしているのに、まったく気づいていないがゆえに無防備にあおむけで眠っている。

 その寝顔を懐中電灯で照らしながら、ナブーは下卑た笑い声を洩らした。

「ぐっふふ…」

 あどけない顔で寝ているこの少年を今から好きにできるのだ。その悦びは例えようもなく、小児性愛者特有の性的興奮に大きく包まれた。


 大地はそれでもスースーと小さな寝息を立てて眠っている。

 ナブーはおもむろにポケットからタオルと小瓶を取り出す。小瓶の中の透明な液体を2〜3滴タオルに染み込ませ、大地の鼻と口を覆った。

「……?」

 息苦しさに目を覚ました大地は、何者かの存在をぼんやりとした視界の中に感じ、叫び声を上げそうになった。

 …がしかし、その何者か…ナブーは、欲望に歪んだ目を不気味に光らせながら大地に告げた。

「…シャマンからやっとお許しが出たぞ。今夜はオレを一晩中愉しませてくれ」

 大地はその言葉を聞き終わらないうちに、意識を手放してしまった。

 ナブーは、クロロホルムの効果で再度眠った大地を軽々と抱え上げ、嬉々として地下室へ連れて行った。


 その時ラビは、大地の部屋のドアが閉まる音が聞こえたような気がして目を覚ました。

 起き上がり、自分の部屋の鉄格子部分からそちらを見てみる。別段、中で争っている様子も、大地の苦痛や恥辱に耐える声も聞こえてこない。

 看守の気配がないのを確認してから、ラビは大地に声をかけた。

「大地?」

 廊下はシンと静まり返ったままで、大地の返事はなかった。

 胸騒ぎはするものの、大地がぐっすり寝ているのなら起こしては悪いと思い、ラビは再びベッドに横になった。



 ナブーはクロロホルムが効いて意識を失っている大地を、地下室の床へ転がした。その寝顔はナブーを倒錯した欲情へといざなうのに充分だった。

 長い間焦がれた大地を好きなようにしていいとなると、ナブーはどうにも自分が抑えきれず、このまま犯したい衝動に駆られた。

 だが、やはり意識がある方が反応があって、何倍も面白い。

 気つけ薬もクロロホルムと共にケヴィンから入手しており、それを大地の鼻先へ近づけた。


 ツンとした匂いで大地は意識を取り戻した。目の前にはニタニタと下品に笑うナブーが見える。その後ろに見える景色で、場所はいつもの地下室だと分かった。

 シャマンの姿はなさそうだった。大地は薬の影響でくらむ頭で、どうにかゆっくりと身を起こした。

 ナブーは入り口のドアを施錠しながら言った。

「よォ大地…これからお前と2人っきりで、楽しく遊ぼうと思ってよォ」

「…っ…」

 緊迫する大地に、ナブーはヤニで黄ばんだ黄色い歯を見せて近づいてくる。この男の目的がなんなのか、大地はすでに気づいていた。


「かくれんぼをな、しようと思ってな」

 おもしろいことを提案したぞと、得意げな顔でナブーが大地に続ける。

「もちろん鬼はオレで、この地下室内ならお前はどこに隠れても構わない。制限時間は10分間。それ以内に見つからなけりゃ、オレの負けだ。そのまま部屋に帰してやる。

ただし、それ以内に見つけられたら、その時は鬼のオレがお前をファックする。いいな?」


 大地はそれを聞きながら、なんてバカらしいんだ、と呆れた。

(こんなところに閉じ込められて、逃げ切れるわけないに決まってる。制限時間なんか関係ない。どうせナブーはさんざんかくれんぼを愉しんで、最後には力づくでオレを

思い通りにするくせに…!)

 ナブーの思惑通りにはなりたくなかった。バカげたゲームでいたぶられた挙句、慰み者になるなどごめんだった。


「さ〜あぁ、あと10秒でかくれんぼ開始だ。もう逃げ始めてもいいぞォ。10、9、8…」

 ナブーは腕時計を見ながら、揚々とカウントダウンを始めた。

 それを聞いても、大地は身動きしなかった。どうせ犯されるのなら、慌てて隠れるのは無駄な足掻き。ナブーを悦ばすだけだ。

 ナブーはあと3秒、というところでカウントダウンを中止した。

「どうした大地。早く隠れろよ」

 大地はナブーと目を合わせず、じっと突っ立ったままだ。

「…そうか…」

 そんな大地の正面に回るナブー。ゆっくりと大地に手を伸ばしながら笑った。

「かくれんぼなんて回りくどいことせずに、早く僕を犯してくださいってか」

 ナブーの大きくて分厚い手が頬と首筋を撫でる。そのいやらしい動きに一気に嫌悪感が増し、大地は反射的に身をひるがえした。

「イヤっ…!!」

 やはり、このならず者に触れられるのは生理的にイヤだ。その思いが無意識に表れてしまった。ナブーはそれを見てニタリと笑う。

「そうこなくっちゃ、おもしろくねェもんなァ」

 大地はしまった、と思った。大地の気持ちを分かっていて、ナブーはわざと大地をあおったのだ。思うツボだった。


「おーらおらァ!早く隠れないとファックされちゃうぞォ〜〜〜!?10、9、8、7…」

 ナブーの野卑た顔は欲望で歪み、ますます下品になっていた。大地の恐怖心をあおることにも性的な興奮を感じているようだった。

 大地は慌てて隠れる場所を探してその場から逃げた。まだ薬が残っているようで、頭がクラクラした。


 ナブーのカウントダウンがちょうど終わった頃、大地は奥にある古いチェストの中に隠れた。観音開きで開閉できる扉の下段は、ちょうど大地が隠れられるぐらいのスペースがあった。

 「どこだ〜大地、どこに隠れた〜〜〜?」

 よっぽど愉しいのだろう、ナブーの笑いを含んだ声が地下室に響く。

 もともと薄暗い地下室なのに、チェストの中には光が一切届かず真っ暗だった。

 大地は狭い内部で膝を抱え込んだ。恐怖で手や脚がガタガタと小刻みに震えている。


 制限時間なんて関係ない。どうせナブーはお構いなしに、自分を見つけてレイプするんだ。そんなこと、分かりきっている。

 なのに少しでも見つかりたくなくて、大地は身を縮めた。この場から消えてしまうことができれば、どんなにいいかと思った。

 大地は惨めで、そして怖くて、泣きだした。


「んん〜?このあたりから美味しそうなガキの匂いがするぞ〜〜?」

 大地のすぐそばで、ナブーの大声がした。大地は思わず叫びそうになったが、口元を押さえて必死で我慢した。

 ナブーの気配をすぐそこに感じ、怖ろしくてたまらない。身体が自然に震えだし、気づかれては大変だと死に物狂いでそれを抑えた。

「大地〜、可愛いお尻を見せてくれよ〜。いるんだろう、出て来いー!」

 ナブーは大地を脅かそうと、さらに大きな声を出して辺りを見回しながら怒鳴っている。あまりの怖さに大地の心臓はすさまじい早さで脈を打ち、それに合わせて身体全体が揺れていた。

 ギュッと目をつぶって、大地は恐怖にじっと耐えた。 

「チッ…この辺りにはいないようだな…」

 ナブーは小さく舌打ちをして、1人呟いた。

 足音が遠ざかる。大地はほんの少しだけだがホッとした。