スリーパーズ39
 それからというもの、シャマンはますます大地に固執するようになった。もうラビの元へも行かなくなっていた。

 朝と言わず昼と言わず、授業中だろうがなんだろうがお構いなしに大地を連れ出し、性的虐待を行った。


 あの日、シャマンに『お前はオレのもの』『絶対服従』と耳もとで囁かれうなずいた大地は、逆らうことができなくなっていた。

 少しでも反抗的な態度を見せれば、あの時以上のことをされるのではないか。あんなに怖ろしくて屈辱的な思いはしたくない。

 『お仕置き』されるのは、もう2度とごめんだった。


 お仕置きの恐怖に責め苛まれている大地は、かつての生気を失っていた。澄んだ光を宿し、くるくるとよく動く大きな瞳は輝きを失い、常にぼんやりしていた。

 好奇心旺盛で元気な大地は影を潜め、その代わりすべての動作が緩慢になっていた。

 ラビはそんな大地を心配し、気遣った。ただ、大地はラビの前では少し元気を取り戻す。今まで通りとはいかないが、ラビは少しだけ安心した。


 大地とラビは昼食後、グラウンドわきの芝生で休んでいた。

 2月なので木枯らしが冷たくまだまだ寒かったが、日差しは爽やかで気持ち良かった。ここには他の少年たちもおり、ボール遊びや読書、談笑するなど、思い思いに休憩時間を過ごしている。

2人はそれを見て、少し気持ちが和らいだ。


 いきなりピピッ!というけたたましい笛の音が響いた。大地たちはもとより、周りの少年たちも一斉にビクリと肩を震わせ、音のした方を見た。

 そこにはシャマンの姿があった。大地たちの方へゆっくりと近づいてくる。

 大地は慌てて立ち上がる。日頃、緩慢な大地が素早く動くのはシャマンが相手の時だけだ。

 シャマンは無表情のまま、顎をクイと上げて大地に自分の元へ来るよう命じた。

 大地はそれを見て特に何も言わなかったが、目に絶望の色が浮かんだのをラビは見逃さなかった。息を吸った時に胸がひくひくと音を立ててわなないたことが、大地の動揺を物語っている。


「…行ってくる」

 大地はラビと視線を合わさず、小さく呟いた。そして先を歩くシャマンの後についていった。

 少年たちが静かにシャマンと大地を見つめていた。


 そのまま2人の背中が消えるのをラビは見守って、膝を抱えた。少年たちは何事もなかったかのように、元の状態に戻っている。

 看守、中でもシャマンに逆らおうものならひどい目に遭うのが分かっている少年たちは、徹底的に無関心だった。大地やラビがどうなろうと、知ったこっちゃないというのが本音だろう。

「くそっ…!」

 ラビは何もできない自分と、何もしようとしない周りが重なり、ショックだった。そして無性に腹が立ち、悔し紛れに足元にある芝生をむしり取った。


 別の場所で、シャマンとその後ろを歩く大地をじっと影から見ている少年がいた。ホークだった。

 数ヶ月前、シャマンに自分の思いをぶつけひどく殴られて以来、部屋に来てもらうどころか、完全に無視されている状態だった。

 それに比例するようにシャマンはますます大地に傾倒している。ホークは悔しくて悔しくてたまらなかった。

 心の中で何かが増大していた。



 「っ、ん…くんっ…あぁっ」

 この休憩時間に連れてこられたのは看守部屋だった。シャマンのベッドの上で貫かれて、大地は苦しみにあえぐ。

 シャマンはそんな大地を息を荒げながら見下ろしていた。


 お仕置きの日以来、大地は一切自分に逆らわなくなった。

 セックスの時も『イヤ』『やめて』と言わない。決して喜んでしているのではないことは分かっているが、以前と比べると極めて従順になっていた。


 自分に『絶対服従』している大地。

 こんなゴミ溜めのような少年院でも輝きを失わない大地が疎ましくて、その心と身体を踏みにじり屈服させたかった。負けを認めさせたかった。

 そう願い、実際そうなった今、シャマンは意外にも物足りなさを感じていた。

 なんでも言うことを聞くようになったのに、闇が色濃く表れたその瞳には、もしかして自分は映っていないのではないか。

 以前の方が良かった。歯向かわれて腹は立つが、少なくとも大地は自分を認識してくれていた。

 シャマンは苛立って、腰の律動を速めた。

「あ!っあう!」

 大地が眉根を寄せて苦しげな表情を見せている。この少年を従順にさせた張本人のシャマンは、アナルを犯しながら身勝手にもそう思っていた。


 大地の白い腹部に射精したシャマンは、ベッドからゆっくり立ち上がって真ん中のテーブルへと歩いていく。そしてその上に置いてある一枚の紙を手に取り、大地に示した。

「大地。院長からお前に手紙だ」

 再びベッドに戻り、その紙を大地に手渡す。大地は痛む身体に気を配りながら、ベッドの上へ半身を起き上がらせた。お腹についているシャマンの精液がゆっくりと下に垂れてくる。


 大地はそれに構わず手紙に目を通した。

 そこに書いてあったのは、大地の退院日の予定だった。今から3週間後の日付が書いてある。当初はもしかして最低6ヶ月は入所しておかなければいけない予定だったが、数週間早まったらしい。

 大地はそれを見て表情は変えなかったが、ポロポロと涙を流した。この、ただ辛くてひどい状況からやっと抜け出せることができる。もうシャマンやナブーの影に怯えなくて済むのだ。


 シャマンはソファに座って煙草に火をつけた。

「ラビも同じ日に退院予定だ」

 大地はそれを聞き、手紙から顔を上げてシャマンを見た。シャマンは相変わらず威圧的な視線を寄こしたまま、こちらを見ている。

 ラビも同じ日に、ここを出られる。罪状の関係上、ラビの刑期は自分より長いという話だった。それゆえラビを1人残してここを去るのがたまらなく心配だっただけに、大地は嬉しくて嬉しくて、

声を上げて泣き出した。


「ぅっ…ひっく…ぅぅ…ん…」

「嬉しいか、大地」

 大地は素直にうなずいた。シャマンは煙草を一息大きく吸うと力強くもみ消して、大地に近づいてくる。

 自分を解放してくれる唯一のよりどころとなる院長の手紙。大地はそれを大事そうに右手でしっかりと持ち、左手で涙を拭って嗚咽を漏らしていた。


 シャマンの瞳にチリ…と音を立てて熱が宿る。

 先程まで自分に抱かれて、腹に精液をべったりとつけているのに、この少年は自分を外へと解き放ってくれる証を手に入れて喜んでいる。

 シャマンは院長の手紙を大地の手から奪い取った。そしてソファの前にあるローテーブルのライターで、それに火をつけた。

「あっ!!」

 大地は思わずベッドから立ち上がった。メラメラと燃える紙は、そのまま大きめの灰皿へ落ちていく。シャマンは無表情でそれを見ていた。


「な、何するんだシャマン!」

 元の世界へ戻れる大事な手紙を灰にされて、大地は怒りのあまりシャマンに食ってかかった。『絶対服従』という言葉など、頭から消し飛んでいた。

 シャマンは大地の声を聞いて、灰皿を見つめたまま喉を鳴らして笑った。ゆっくりと振り向いて口の端を上げ大地に微笑む。

「ただの紙切れだ。これがなくなったからといって、お前の退院日が先になるということはない」

 大地はそれを聞いて安心した。だが今、自分がシャマンに歯向かったことに気づいて焦った。

 シャマンが大地に近づいてくる。やばい、またお仕置きされてしまう。


 恐怖のため、ベッドの前で身をすくませる大地の目の前まできたシャマンは、その顎をすくって上向かせた。ビクリと怯えながら、大地はシャマンと目を合わせた。

 そこには、いつもの威圧的なシャマンはいなかった。大地を鋭い視線で捕らえてはいるが、どことなく寂しそうな雰囲気だった。

「……?」

 大地が困惑しつつ不思議がっていると、いきなりシャマンが抱きついてきて、そのままベッドに押し倒された。

「っ!」

 シャマンは大地の首筋に顔をうずめ、囁いた。

「大地…」

 いつもの様子と違うシャマンにまたもや戸惑う大地だったが、再び犯される苦痛を少しでも軽減するため、心を閉ざした。