スリーパーズ40
 大地とラビが後1週間で退院できるというある夜中のこと。


 数日前からシャマンは長期休暇を取っていた。そのため大地は犯されることなく、少しだけだが安心して残りわずかな少年院生活を送ることができていた。

 ベッドでうとうとしている時、いきなり部屋の扉が開いた。見ると、ナブーが左手にビール瓶、右手に警棒を持って入ってくる。

 大地は素早くベッドから転がり出て、ナブーからなるべく距離をとり、正面に向かい合った。


 ナブーはひどく酔っており、足元がふらついていた。制服のシャツはネクタイがはぎ取られ、ボタンもはずれており前が全開だった。そこから見える胸元は汗ばんでいる。

「よォ…今オレは、ラビとファックしてきたところだ」

 呂律の回っていない舌でそう言い、ふらふらとこちらへ近づいてくる。大地は緊張感を保ったまま、ナブーから離れた。

「逃げるなよ大地。今度はお前とだ」


「…イヤだ…!」

 意を決してナブーを拒絶した。大男はビールをグイッとあおった。

「お前ェ、看守に逆らっちゃいけないって、こないだ充分に教えてやっただろうが。この期に及んでまーだ分かってないのか」

 ずい、と数歩ずつ大地に巨体を近づけ、ナブーは命じた。

「服を脱いで、ベッドに寝ろ」

「…服なんか脱がない。ベッドにも行かない…!」

 お仕置きの日の恐怖はまだ大地の心を支配していたが、シャマンのいない日にナブーに従うのは馬鹿らしかった。

 固い表情で警戒する大地に、ナブーは近づいて笑った。

「…シャマンには従えても、オレには従えないってわけか…」

 大地はぞっとした。ナブーが日頃からシャマンに抱いているコンプレックスを、自分が刺激してしまったことに気づいた。


「まァいい。どうせお仕置き怖さに、お前が仕方なくシャマンに従ってんのは知ってる。なのにお前を自分のものにできたような気分になって、あげく従順なお前を物足りねェだなんて、シャマンほどの

間抜けは見たことねェよ」

 またビールを飲んでガハハハ、と笑うナブー。大地は言っていることが理解できなかった。


 どうせ酔っ払いの言うことだと思っている時、ナブーが大地の頭上にビール瓶を掲げて、それを逆さにした。中のビールがすべて大地に降り注いだ。

「……!!」

「そんな緊張すんなよ大地。酒でも飲んでリラックスして、お互い気持ちよくなろうぜ」

 冷たいビールが頭を伝って顔、シャツをじわじわ濡らしていくのを感じる。大地は目と口を閉じ、それをやり過ごした。

「シャマンのヤツ、自分が非番の時でもお前に近づくなってホンットうるせェんだよ。偉そうにしやがって…でも長い間いない今が、お前とヤレるチャンスなんだ。シャマンには絶対言うな、内緒にしてろよ?」

 この男は、なんだかんだ言ってシャマンが怖いのだ。だからこそこそと、このような時にしかシャマンに逆らえない。


 ナブーは空になったビール瓶と警棒をベッドの上に放り投げた。そして大地に向き直り、自分のベルトをはずしズボンのジッパーを下ろす。

「よしよし、お前の言うとおり、服を脱ぎたくなけりゃ脱がなくてもいい。ベッドにも行かなくていいぞ」

 大地の頬を濡らすビール。ナブーはそれを大きくべろんと舐めた。そして服の上から大地の胸や尻を撫でまわしていた。


 大地は嫌悪感で顔を歪ませ、身を捩る。

「ナブー、やめて!お願いだから、やめて…!」

 ナブーはそれを聞いて、さらに力を込めて大地の身体をまさぐりだした。

「なんでやめなきゃならないんだ。こんな楽しいこと…お前もラビもコレが大好きなんだろォ?」

 シャツの中にナブーの大きな手がすべりこみ、乳首を捕らえた。大地の身体を脇から掴んで、親指でさっそく小さな突起に悪戯をしかける。

「…好きなわけないじゃないかっ…!」

 ナブーの吐く酒臭い息の中大地はどうにか身を逃そうと抗うが、抱きしめられた次の瞬間、後ろからトランクスに手を突っ込まれた。

「〜〜〜っ!!」

 すべすべの肌を2〜3度往復し堪能した手は、すぐに双丘の真ん中の割れ目に近づく。大地が腰を引いても、ナブーは容赦なくアナルに指を伸ばした。

「んぅっ!」

 ナブーの指は、そぅっと軽くアナルの上で円を描いている。そのくすぐったい感覚に大地は目をつぶって耐えた。


「やめて…やだっ…」

「イヤか…ファックが嫌いには見えないけどな。オレの下であんなにヒィヒィよがってたじゃないか」

「っ…冗談じゃない!大嫌いだっ…!」

「そうか。あいにくだな。オレは大好きだ。ガキとファックするのが大好きなんだ」

 ナブーは急に大地の身体をまさぐっていた手を止め、目の前の幼い少年の頬を両手で包んだ。そして首筋、後頭部へとその手を回すと、ギュッとその身を抱きしめた。

「大地、オレのちんぽを出してくれ」

 大地はそう言われても、一切動かなかった。きつく目を閉じて、ナブーの巨体に包まれていた。


 そんな大地に焦れて、ナブーはぐぐっと目の前の少年に体重をかけた。耐えかねた大地は立っていられなくなり、床にくず折れた。

 もちろんナブーもそれを追いかけ、部屋奥にある机の前に大地は追いつめられてしまった。

 ナブーは酒の匂いをプンプンさせ、息を荒げている。

「さぁ、早く。オレのちんぽを出してくれ。後はオレが全部やってやるから」


 生温かい息が首筋にかかるのを感じながら大地がそっと目を開けると、部屋の入口にラビがいた。

 ラビはいつもの囚人服姿だった。

 だが、シャツのボタンはすべてなくなっていて、白い胸や腹が見えていた。下半身はトランクスを身につけてはいるものの、ズボンは穿いていなかった。靴下は片方しかなく、それも脚首まで

だらしなく下がっている。


 そんなラビの手に手製のナイフが握られているのを見て、大地はハッと息をのんだ。

 ラビはゴムのグリップをギュッと持ち、刃を太腿に押し当てている。大地が自分に気づいたと分かると、ラビは足音もなく光の当たらない部屋の隅へと移動した。


「大地…早くしてくれ、限界だ。待ちきれん」

 ナブーの呼吸がハァ、と乱れる。極度に興奮しているのは間違いないようだ。

「明るいところは恥ずかしいのか?」

 急にガバ、と身を起こし、ナブーはニタリと笑った。その顔は変質的で気持ちの悪いものだった。

 ナブーは大地を抱きしめたまま、部屋の暗がりへと移動する。そこはベッドのわきで、ナイフを持って立つラビの傍へ知らず知らず近づくこととなった。


 ゆっくりと立ち上がり、ナブーは自分でズボンと下着を脱いだ。

 高揚している割には、そのペニスは勃起が完全ではなかった。きっと酒のせいだろう。その半分ほど勃ちあがっている男根を片手で支え、座っている大地の目の前へ差し出した。

「ぐふ、はじめは…舐めてもらおうか」

 大地はおもむろにナブーのペニスの前へ跪く。

「いいコだ」

 素直に従う大地に気を取られ、ラビの存在にはまったく気づいていない。おまけに大地がナブーの警棒にそっと手を伸ばしたことも、知らないようだった。


 大地がペニスを口に収めようとする様を、上から欲情に燃える瞳でナブーは見つめいていた。

 その首筋に、突如冷たい感触が走った。すぐさまラビが口を開く。

「殺してやる、ゲス野郎」

 押し殺してはいるが、鋭く憎悪に満ちた声だ。少し震えている。


「…ガキが、何しやがる」

 振り向くこともままならないナブーだったが、この状況を瞬時に理解したようだった。

「今までお前がオレたちの身体を愉しんできたように、オレもお前で愉しませてくれ」

 いつもの落ち着いて賢明なラビとは違い、その目には狂気が宿っていた。冷静さを失っているようだ。

「ラビ、やめろ、刺すな」

「大地は黙ってろ。ベッドに座って、ただ見てればいいんだ」

 大地の制止も聞く耳を持たぬラビに、なおも説得を続ける。

「ラビ、いいから。こいつはオレがどうにかできるから」

「いいもんか!」

 ラビは叫んだ。絞り出すように続ける。

「こいつが…ナブーが、オレやお前にしたことを、オレは絶対に許さない。オレの心を踏みにじり、お前の心を殺した。ホントはシャマンのヤツを真っ先に殺してやりたかったけど…手始めにこいつを殺す」

「ダメだラビ、あと1週間でオレたちはここを出られる。あと少しで解放されるんだよ。こんなつまんないヤツを殺して、これから先長い間、ここにぶち込まれるのなんてバカらしいよ」

 2人の会話を黙って聞いていたナブーが、唯一動かせる目をラビに向けていった。

「…ラ、ラビ。おトモダチの言うとおりにした方がいい。大地は今いいこと言ったぞォ?」

 大地はとっさに右手で掴んだ警棒で、ナブーのすねを力いっぱいぶった。

「うぅ――――っ!!!」

 激痛に呻き声を上げるナブーに、大地はすごんだ。

「オレとラビの話に口を挟むな!黙ってないとオレがお前を殺すからな」

 ラビはしばらくそのまま何か考えているようだった。そして、ナブーの首筋に当てていたナイフをすっとその場所から離し、後ろに下がった。


 その瞳は涙でうるんでいた。大地は警棒を持ったまま、ゆっくりとラビに近づく。

「ラビ、部屋に戻れ。この男はラビが殺すほどの価値なんてない。…シャマンも同じだ。オレはラビと一緒にここを出たい」

 ラビは視線を床に彷徨わせながら、瞳から一筋の涙を流した。

「…こいつはオレを犯したあと、お前のところに行くって言ったんだ…せっかくシャマンのいない夜なのに。せっかくお前が安心して過ごせる夜なのに…」

 ナイフを持つ手が震えている。

 日頃冷静で頭の回るラビが、大地にのしかかるナブーを見て我を失ってしまったのだろう。こんなひどい毎日の中でも、ラビは大地のことをいつも一番に想ってくれているのだ。


「うん、うん…ラビ、ありがとう」

 大地は多くを語らずに、ラビをそっと抱き寄せた。大地の肩に顔を埋め、ラビはナイフを持っていない手で大地を力いっぱい抱きしめた。


「…おうおう大地。今回の件、報告書にはお前のことよく書いといてやるよ」

「…報告書?」

「ああ、そうだ。お前たちは看守に暴力を働いたんだ。報告書を書くのは当たり前だろうが」

 大地の質問に、酔いが醒めはじめた様子のナブーが答える。大地はそれに返した。

「そんなもの書いたら、シャマンがいない間にあんたがオレに何しようとしたか、バレるよ」

「……!」

 シャマンを怖れるナブーに、この言葉はとても有効だった。

「ナブー、ズボンを穿いてすぐに出ていって」

 大地はナブーに警棒を渡す。ラビがナイフを持っているため、ナブーが暴挙に出る怖れは少なかった。

「おい、クソ生意気なラビ。お前の持ってるものを寄こせ、没収だ」

 ラビはナイフのグリップを持つ手に力を込める。一触即発な空気が辺りを漂う。

 大地はラビのその手を上からそっと包んだ。

「ラビ、もう大丈夫。もう大丈夫だから」

「…オレとお前…もうこいつらの好きにはさせない。2度とオレたちに触れさせない…」

 ラビは一点を見つめて、無表情でとうとうと語った。涙の太い筋がラビの頬に表れていた。


「うん、分かった」

 大地はラビの手からナイフを受け取った。そのナイフをベッドのマットレスの下に置く。

「ナブー。今夜は何も起こらなかった。ナブーはオレの部屋に入ってくることはなかったし、オレたちもナブーに暴力は振るわなかった。もちろんナイフなんて、存在しなかった」

 大地の言葉にナブーは大きく息を吐いた。

「…シラけちまったな」

 そう言うナブーは、大地の言うとおりにしていた方がお互いに得策だと気づいたようだ。そのままラビを連れ、大地の部屋を出ていった。

 ナブーがラビを部屋に戻し、大人しく看守専用エリアへ消えていくのを窓の鉄格子から見届けて、大地はベッドに戻り安堵のため息をついた。


 先程ラビのナイフを隠した辺りに視線を送る。

 シャマンとナブーに対する自分たちの怨念が形になったナイフ。

 見えてはいないが、そこはかとなく禍々しさが辺りに漂っているようで、大地は落ち着かなかった。

 すぐさまベッドに横になり、ビールの香りとシーツにくるまれて目を閉じた。