スリーパーズ45
 誘導されるように大地はシャマンの背後を見た。


 すぐそこに、1人の少年が立っていた。その少年は、ホークだった。

 ホークとは、忘れもしない初めてレイプされた日の昼食時に、食堂でもめた以来ほぼ話すことも、乱闘することもなかった。

 そんなホークがなぜここにいるのだろう。

 大地は状況がよく飲み込めず、蒼白な顔でシャマンを見つめるホークと、身をかがませながらホークを睨み返すシャマンを見た。


 なんとも言えない緊迫感が漂っている。先に静寂を破ったのはホークだった。

「…あんたがいけないんだぜ、シャマン…」

 大地はハッとなった。ホークの手には、先程まで自分が持っていたナイフがあった。その切っ先は、赤いものでべったりと濡れていた。

「く…っ」

 シャマンの身体がぐらりと揺れる。大地は目を見張った。目の前にあるシャマンの左腰が血で染まっていた。


 ホークは呆然とした表情でシャマンに訴えた。その目はシャマンを責め、恨んでいるようだった。

「あんたが大地ばっかり可愛がって、オレをないがしろにするから…オレはあんたのことが好きなのに…大地なんかより、もっとあんたにイイ思いさせてやれるのに…」

 そう言うと、再びホークは持っていたナイフでシャマンを刺した。


「……!!」

 今度ははっきりと、シャマンの身体にナイフが突き立てられるところを見た大地は絶句した。ナイフは刃が完全に隠れるほど、シャマンの身体に刺さっていた。

 シャマンの表情は痛みでますます歪んでいる。渾身の力で刺したホークはその勢いのままシャマンに身を預けていたが、シャマンがなんとかその身を払いのけた。


 ホークは床に転がった。ナイフはそのままシャマンの腰に残されている。

「あんたバカだよ…シャマンは大バカだ…オレも…大バカ野郎だ!!!」

 こんなことをしでかしてしまった自分をも罵倒して、ヤケクソのようにホークは叫び、大地の部屋を出ていった。


 大地は目の前で何が起こったのか、よく理解できなかった。

 ただ分かったのは、ホークがシャマンを好きだということだった。


 シャマンは腰に刺さったままのナイフをいったん見て、その痛みに呻き倒れた。

「うぅ!…!」

「あっ」

 自然に大地に寄りかかるようになり、大地は尻もちをついて床に座った。

 シャマンの顔が大地の目の前にある。シャマンは大地を正面から見据え、刺された痛みに耐えながら語りかけた。

「…さっきの続きだ…」

「え…?」

 こんな状況なのに、シャマンは笑っている。いつもの高圧的な眼差しのまま、大地を見つめた。大地はそんなシャマンをただ見つめ返すことしかできなかった。


「オレがお前に『意地悪』するのは…お前を愛しているからだ」

「……」

 シャマンがオレを愛している?大地は混乱した。


 自分を追いつめ、責め、ボロボロにしたシャマンが自分を愛している?

 父親と母親のことを、よく祖父が『お前の父さんは、母さんを心の底から愛している』と言っていたが、その父親の見せる愛情とはまったく違う。

 大地自身も幼く、恋愛感情というものを抱いたことがないため、シャマンの発言はまったく理解できなかった。


 シャマンは刺された腰に手をやり、流れて出た血で汚れた服に触れた。

 続けてその手を大地の頬に添わす。血の匂いと生温かさが伝わる。大地は恐怖と困惑で身を震わせた。

「信じられないだろうな…だが、オレはこんな方法でしかお前を愛せなかった」

 シャマンは変わらずに笑顔だったが、どこか哀れな、自虐的な笑みを浮かべていた。

「できればお前を…ずっとどこかに閉じ込めてしまいたい。この少年院ではない、どこか別の…オレだけがいる場所で…」

 シャマンの血で頬を濡らした大地は、シャマンの本心を知ってなおさら怖ろしかった。

 そんなことできるはずはないと思うのだが、この男なら実際そうするかも知れない、と思わせる狂気じみた執念が感じ取れた。


「ぅ…!」

 シャマンは傷の痛みがひどいようで、脂汗を額に浮かべて俯いた。大地は反射的にその肩を支えてしまった。

 それが嬉しかったのか、シャマンはゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。その笑顔は今まで見たどれとも違う、素直で慈しむような優しい笑顔だった。


「大地…これでお前はオレを忘れないでいてくれるな…」

 そう言ってシャマンは大地を抱き寄せた。そして少年の耳もとで小さく囁いた。

「愛している…大地」


 シャマンはそう言うと、ガクリとうなだれ意識を失った。

 その顔は完全に血の気が引いて真っ白だった。だがかすかに微笑んでいるようにも見え、どことなく幸せそうだった。

「……――っ…」

 大地の頭は大きく混乱した。今起こったすべての出来事が、ものすごい勢いで頭を駆け巡った。


 自分をとことんまで追いつめ、苦しめた男。

 ぐったりと自分に身を預けるシャマンを見て、大地は言葉にならない叫びを上げた。

「〜〜〜〜〜―――――!!!」


 その声を聞きつけたナブーが大地たちの元へ駆けつけた。他の看守や職員も集まって、大けがを負ったシャマンは搬送されていった。