スリーパーズ47
 次の日。

 シャマンは前日に病院から退院し、ラビルーナの新居へ戻ってきていた。

 寝室からリビングへと、慣れない車椅子を使ってどうにか移動する。

 引っ越して本格的な生活を、まさかこんな状態で始める羽目になるとは…と思いつつ、この近くに住む大地に想いを馳せた。


 大地が退院して1ヶ月。そしてあの事件からも、1ヶ月経ったのだ。

 あの時は意識が朦朧として、思わず大地に想いを告白してしまった。

 その後の記憶がなく、気がつくと病院のベッドの上だった。そのため、大地の反応がどうだったかは分からない。


 殺したいほど憎まれていたのだ。きっと、冗談じゃないとゾッとしたことだろう。そう考えて、シャマンは自嘲気味に笑った。


 自分から解放されて、大地はせいせいした毎日を送っているのだろうか。少年院での地獄のような日々を忘れて、子どもらしく元の生活に戻っているのだろうか。

 そう思うとシャマンは胸がぐっと抑えつけられるようで、苦しくなった。

 忘れられていることが、一番悲しかった。

 それと同時に、恐怖でもあった。

 それならこんな目に遭った自分を、『ざまあ見ろ』と笑い物にしてくれている方がマシだと思えるほどだった。


 大地に会いたくとも、それが怖くて何もできなかった。それに、まだ自由に動けない身体だ。元に戻るには数ヵ月はかかると医者に言われている。

 大地に対するジレンマが、どんどんシャマンの中で増幅していった。


 気晴らしにワインでも飲もうか、とシャマンが思っていると、玄関のチャイムが鳴った。苦労しながらインターホンのカメラを見に行くと、そこにいたのは―――大地。

「っ!」

 シャマンは衝撃を受けた。見れば大地の周りには誰もおらず、まったくの1人らしかった。その表情は何かを思いつめたように、緊張していた。

「…今開ける」

 シャマンは車椅子を動かして玄関へ向かい、鍵を開けた。先程カメラ越しに見たそのままの大地が立っていた。

「入れ」

 シャマンはくるりと向きを変え、元いたリビングに大地を招いた。大地は何も言わずついてくる。


「…殺しにきたか」

 車椅子に乗っているため、シャマンは少年院で見下ろしていた大地を、今日は見上げることになる。

 先程不安がっていた姿を上手く隠し、威圧感たっぷりで大地に尋ねた。


 大地は緊張した面持ちのまま、首を横に振った。シャマンはフッと鼻で笑って、再び聞いた。

「何だ、違うのか。だったら何だ、自分からのこのここんなところへ来て…セックスしに来たのか」

 大地はそれを聞いて身をピクリと揺らせた。そしてしばらくシャマンを見つめていたが、意を決したように頷いた。

「……!?」

 冗談のつもりで言ったことに大地がそんな反応をするので、シャマンは面食らった。

「おいおい、犯されるのが大好きだったなんて、オレは今初めて知ったぞ」

「…犯されに来たんじゃない…!」

 大地はシャマンを正面から見据えた。

「…オレは、あんたにレイプされに来たんじゃない。自分の意思で、あんたとセックスしに来たんだ…!」

 緊迫した様子で説明する大地。その顔はやや強張っており、青白かった。


 大地は今、間違いなく自分を見ている。しかも自分の意思でセックスをしに来たという。

 シャマンの頭は高揚感でしびれ始めていた。


 大地は拳をぎゅっと握って続けた。

「少年院を出てからも、ずっとシャマンの影に怯えてた。寝てても起きてても、シャマンの手が、口が、舌が、ペニスがオレにまとわりつく。オレに侵入してくる。忘れたくても、怖くて怖くて、

忘れられないんだよ…!」

 その大きくて黒目がちな瞳から、涙がポロポロとこぼれ落ちる。震える声で大地は言う。

「それほどまでにあんたはオレの中に入り込んでる。犯され続けたオレを支配してる。もうその支配から逃れるには…無理矢理じゃなく、自分の意思であんたとセックスすればいいんだって

気づいたんだ。犯されるんじゃなく、オレがあんたを犯せばいいんだって」

 大地は自分を忘れないでいてくれた。その上、自分の中に入り込み支配しているという。1人で憂いていたのが嘘のような嬉しい言葉。


「…お前はもう自由の身だ。好き好んでオレに会う必要も、ましてやセックスすることもないんだぞ」
 
 シャマンは喜びを隠して、今の言葉に対する大地の覚悟を確認するようにその目をしっかり見据えた。

 大地は小さくしゃくりあげ、シャマンを見つめ返し、はっきりとした口調で答えた。

「…オレは、オレの意思で、シャマンとセックスする」

 そう言いつつも小さく震えている大地の手を、シャマンは優しくとった。

「お前は本物のバカだな」

 少年院で、シャマンに何度も言われた言葉。だが今は、不思議と腹が立たないし、みじめな気持ちになることはない。シャマンの言い方にも棘がなかった。


「…いいのか?」

「……」

 こくん、と大地は頷く。それを認めると、シャマンはすぐさま大地を自分の方へ引っ張った。

「あっ!」

 小さく声を上げて倒れた大地は、自然とシャマンの膝の上へ乗り上げてしまった。

 間近で見るシャマンの顔。蛇のような鋭い視線は相変わらずだが、少しだけ柔らかいような気がした。

 涙が大地の目元を濡らしている。シャマンはそれをそっと親指で拭ってやった。


「オレは見ての通りこんな身体だ。ペニスは使いものになるが、セックスはお前が尻を振って出し入れしてくれないと、終わらないぞ」

 あられもない言葉で、シャマンは大地の心構えを量る。大地はそれに気づいて答えた。

「…分かってるよ。オレが動いてあんたを気持ちよくさせる」

 シャマンは、ふ…と笑った。少年院での最後の日に見せた、優しい笑顔と同じだった。


「では手始めに…キスからだ」

 シャマンは大地の肩を抱き寄せ、顔を近づける。一瞬ためらったものの、大地はシャマンの口唇にくちづけた。

 そのままシャマンはじっと動かなかった。大地がゆっくりと舌を入れてくるのを待ち、受け入れた。そしてそれに応えるように、大地の舌に自分の舌をからませる。

「んっ…は…ぁっ…」

「…っ…はぁっ…」

 ちゅく、ちゅぷ…という、口唇をついばむ音と唾液の音が室内に響く。シャマンの右手がシャツの中に入ってきて、肌をまさぐり出した。