スリーパーズ5
大地たちはすぐさま警察に拘束された。
青少年逮捕状を交付されて、2人には数々の罪状が告げられた。
それは、第一級暴行罪、軽暴行罪、軽窃盗罪、4輪車の危険暴走、器物破損などであった。
屋台に巻き込まれた初老の男性は、トーマス・ジェンキンズといって、68歳の元美術商だった。今年の春、仕事を息子の代に譲って悠々自適の隠居生活を
始めたばかりだった。
幸いなことにジェンキンズは命を落とすことはなく、すぐ意識を取り戻した。だが全治6ケ月と重症であった。
体のあちこちが複雑骨折し、内臓も打撲の衝撃で大けがを負っていた。
大地は自分のしでかしたことのあまりの重大さに激しく動揺し、狼狽した。涙が止まらなかった。何故あんなことになってしまったのだろう。
屋台を盗もうと言うラビを止めればよかった。大人しく家に帰って、お母さんのご飯を食べれば良かった。
山のような後悔が大地を襲った。
それはラビとて同じで、屋台を盗もうなどと言いだした自分をずっと責めていた。オレがそんなこと考えなければ、こんなことにならなかったのに…!
ルナリバーで水遊びして笑っていた時間に戻ってほしいと何度も思ったが、それは叶わぬ願いだった。
何度も事情聴取を受けて、大地とラビはそれぞれの家に一旦戻され、家庭の監督下に置かれることになった。お互いに連絡をとることは禁じられていた。
大地は父親の大樹にひどく怒られた。人様に大けがをさせる子に育てた覚えはない、と瞳を涙で滲ませる大樹を見て、大地は父親を失望させたことがショックだった。
美恵はずっと泣き続けていた。被害者のジェンキンズのこと、大地が犯した罪、それを償うために受ける罰。
すべてを考えるとあまりにも辛く、気をしっかりしようと思っても溢れ出る涙は止められなかった。
ラビのことも息子と同じぐらい心配だった。あの子は今、家でどんな思いをしているのだろう。一切の連絡をしてはならないため、美恵は気をもんでいた。
子どもたちの楽しげな声が響かなくなり、大河も沈みがちだった。大空は現状を全く理解できていなかったが、大地に何か起こったことは察知していた。
大地は何も手につかず、また何もする気が起きなかった。
大好きなメカいじりも同様で、作りかけていたジェットボードのエンジンも、放置する日が続いていた。
遥家は事件以前とはまるで違う家庭のように、暗く静まり返っていた。
ラビは家では針のむしろにいるようだった。
「ムショにでもなんでも、早く入ってくれ。その方がせいせいする」
引き取られている家の子供の1人にそう言われた。
将来医者になろうとしているそいつにとって、ただでさえ目障りだったのにこんな大事件を起こしたラビは、もう厄介者でしかなかった。世間体も悪く、自分たちの出世に響くと
思ったのであろう。
ラビは悔しくて仕方なかったが、自由に出歩くことは制限されている。実際あの事件を起こしたことで、平和を愛すラビルーナの人たちは驚きを隠せなかった。外に出たところで
じろじろ見られて居心地が悪いだろうし、大地のところへ行くのは禁止されている。ラビは針のむしろを我慢するしかなかった。
そんな中、V−メイが訪ねてくるのだけが楽しみだった。
V−メイは毎日マンガや手料理を届けに来て、ラビを励ましてくれた。事件前と事件後と、何も変わらず自分に接してくれるV−メイに、ラビは心底救われていた。
また、V−メイは同じように大地の元へも行っていると言うので、その様子を教えてもらえるのもありがたかった。
V−メイは大地がどんな風だったかを報告した後、いつも必ず最後にこう言った。
「大地もあんたのことを気にして、熱心に尋ねてくるよ。辛いだろうが、元気だって私がお互いに報告できるよう、気をしっかり持つんだよ。くじけんじゃないよ」
そうしている間に2週間が過ぎた。
ひどいけがを負わされたトーマス・ジェンキンズは徐々に回復し、当初の見込みより早く退院できそうとのことだった。
が、トーマスとその家族は、大地とラビに極刑を望んでいた。
数年前から少年犯罪の凶悪化・低年齢化が全国的に目立っており、ラビルーナでもつい最近、少年院入所の年齢が10歳からという新法案が成立したばかりだった。
さらに大地とラビには運の悪いことが続いた。トーマスは少年院入所の対象年齢引き下げの熱心な活動家であり、元美術商という肩書から多くの役員と懇意にしている男だった。
大地とラビの事件は、変わったばかりのラビルーナ少年法が適用されるかされないか、という意味で非常に注目されていた。
大地とラビにいよいよ刑が下る日が来た。
大地はスーツを着せられ、ラビルーナ裁判所へ向かった。
遥家からは大樹と美恵の2人が行くことになった。大河と大空は行かなかった。
兄が刑を言い渡されるところなど大空には見せない方がよい、との大河の配慮があってのことだった。
静寂な法廷で大地に下された判決は以下だった。
6ヶ月以上、1年以下の期間、邪動少年院に収容。
大地には不幸にも、新しいラビルーナの少年法が適用されてしまった。
少年院に送られる。大地は奥歯がガタガタと震えた。
大樹と美恵は判決の瞬間、大地の頭ががっくりうなだれていくのを見て、息子の元へ飛んでいきたい衝動に駆られた。そして、抱きしめてやりたかった。
ラビも同様に邪動少年院に収容されることになったが、その期間が8カ月以上14ヶ月以下と大地より長いものだった。
それはラビが事件の主謀者であるということが大きかった。大地はラビが言い出したことを主張しなかったが、ルナリバーで遊んだ子どもの証言、何よりラビがそれを前面に
アピールしていたため、当然の結果だった。
トーマス・ジェンキンズ本人は入院中で裁判所へ来ることはできなかったが、その家族は思った通りの判決が出て満足だった。
トーマスを怖ろしい事件に巻き込んだ2人の少年を、少年院へ送致できた。本人に良い報告ができると、手を叩いて喜びあっていた。
願いが叶う者、叶わない者。
法廷ではいつもどおりの、容赦のないコントラストが生じていた。
