スリーパーズ6
刑が執行される9月1日。
大地たちは夏休みが終わったこの日から、少年院に入らなければならなかった。
早朝に、ラビルーナ裁判所の外で少年院の迎えのバスを待つ。大地とラビ以外に、10人ほどの少年が集まっていた。
大地は、昨日大空と別れの挨拶を交わした。
『特別に勉強する施設へ行く』と、母親に言われたとおり伝えると、兄ちゃんすごい!と目を輝かせて大空は笑った。
あくまで大地は大空にとって憧れの対象で、まさか兄が罪を犯して少年院へ入るなど、これっぽっちも思っていない。大地はそんな大空に嘘をつかなければならない
状況が辛く、胸が痛んだ。
大地が大事に育てているサボテンを、いない間に僕が枯らさないよう世話をする、と言われた時には涙をこらえるのが精一杯だった。
大地の両親はいったんラビと挨拶し、大地の元へと戻ってきた。
「なァに、キャンプへ行くと思えばいいんだ」
大樹が明るく言った。
「空気が綺麗なところで、運動もいっぱいできるし…何よりラビがいる。さっきあの子に、お前をよろしく頼むとお願いしてきたところさ」
大地は小さく微笑んだ。大樹の言う通り、ラビがいてくれるので不安は幾分和らいでいる。
美恵が大地の手をとり、きゅっと握った。
「手紙、書いてね…?」
大地は美恵の顔を見て、鼻の奥がツンとした。涙が出そうになる。
「…ん」
「たくさん書いてね」
美恵の頬に涙が伝い落ちる。大地は口をへの字に曲げて堪えていたが、もう限界だった。
「うん…うん…!」
ポロポロこぼれる涙を拭っていると、たまらず大樹が大地を抱きしめた。美恵も大地の手を握る力を強めた。
迎えのバスが着いて看守が出発だと急かすまで、両親は別れを惜しんで我が子を離さなかった。
ラビとともにバスに乗り込むため列に並ぶ。
大地の両親は泣きながらこちらをずっと見ていた。ラビには見送りの者は誰も来なかった。
「…あ」
前に立っているラビが、保護者の人垣とは反対の方を向いて小さく声を上げた。
そこには、V−メイが立っていた。
ラビが気づいたことをきっかけに、V−メイはこちらに近づいてきた。笑顔だが寂しそうな表情を浮かべて。
大地はV−メイに会いたくなかった。少年院へ連れ去られるところなど、彼女にはどうしても見られたくなかった。
V−メイを裏切った。失望させた。悲しい思いをさせた。
それを改めて思い知らされるようで、胸が苦しかった。
V−メイは大地とラビ、2人の前に立った。
「…必ず面会に行くからね」
そして大地とラビの手をそれぞれとって笑った。
「こんなイイ女がわざわざ会いに行ってやろうってんだ。もっと嬉しそうな顔しなよ」
そう言って、ぶんぶんと2人の手を上下に振るので、大地とラビの身体が小さく揺れる。
ヤロレパパで毎日水仕事をしているせいで、少し荒れた手。でもとても綺麗で優しい手。大地はまたしても泣きそうになる。
「…ああ、あんたほんっとイイ女だよ。ちょっとトシ食ってるけどな」
いつもの調子でラビは返したが、その声は涙で滲んでいた。
「そうだね、私もそれが唯一惜しいとこだと…ってラビ!」
もうV−メイは完全に泣いていた。大地もラビも同じだった。
V−メイの涙の理由。それは、ただ悲しいからだけではなかった。
V−メイは邪動少年院というところがどんなところか知っていたのだ。
カフェを営む彼女の元へは色んな客がやってくる。
邪動少年院に入所したことのある者、家族や恋人が入っているという者、様々な人から様々な情報を得ているV−メイは、大地とラビに警告をしたかった。だがそれは同時に
大地とラビを怯えさせることになる。
今さら別の少年院に行けるわけでもない。伝えたくても伝えられないジレンマ。叶うのならば、このまま連れ去ってしまいたかった。
大切なこの子たちをあんな場所へやらなければならないという辛さが、V−メイの涙となって表れたのだ。
邪動少年院というところ。
そこには、情報通のV−メイでも知ることのできなかった、怖ろしい一面があった。
大地とラビがそこで壮絶な体験をすることになろうとは、いくら『魔女』と言われるV−メイでも、予測できなかった。
