スリーパーズ7
ラビルーナ市内から車で2時間ほどの郊外に、邪動少年院は静かに存在していた。
表から見ると由緒ある名門私立学校のような、品のある佇まいをしている。
敷地は広大で、収容棟らしき建物が10棟あった。野球、サッカーのグラウンドがそれぞれと、大きな体育館、プールまである。
バスで院内を通り過ぎる際それらが見えた。
入所するに当たって、身体検査を受けることになった。
大地たちは中庭に連れてこられた。そこには入所したばかりの少年たちが50人ほど集められている。また、それを整理している職員が、20人ほどいた。
2人は自分の名前と写真のついた紙を受け取った。そこには身体検査のデータが書き込めるようになっていた。
「学校の身体検査そっくりだな」
ラビがうんざりした様子で言う。だがそれは、不安で仕方ない大地の気持ちをリラックスさせようというラビの狙いだった。学校でいつもやっていること、普段の日常と大差ないと
いうことを暗に教えてくれている。
大地はそれに気づいて、隣でクスッと笑った。
すると、近くの14〜15歳と思われる3人の少年の話し声が聞こえてきた。そばかすの目立つ栗色の髪をした少年が口を開く。
「この身体検査って、すごいことされるらしいゾ?」
「…何だよ、すごいことって」
頬に大きなほくろのある少年が聞き返す。大地もラビも気になって、そのグループの話に聞き耳を立てた。
「なんでも、ケツの穴に指入れられるって…!」
「え?」
「何っ?」
聞かされた少年たちは、思いもよらない話に驚きの声を上げる。もちろん大地とラビも同様に衝撃を受けた。
「何だよソレー!」
「嘘つくんじゃねェよ!」
栗色の髪の少年は目の前の少年たちに詰めよられ、慌てて弁明した。
「ぅっ…嘘じゃねェよっ!オレのおじさんが昔とっ捕まってここにぶちこまれた時に、そんなことされたって言ってたんだ」
大地とラビは顔を見合わせる。ここのことを何も知らない2人からすると、過去に入所した者の経験談というのは何よりも説得力があった。少しはリラックスしていた大地たちだったが、
今の話でより強い不安感に襲われる。
「何のためにケツに指ツッコむんだよ」
頬にほくろのある少年も大地たちと同じく不安になったようで、半信半疑ながらも真剣な表情で詳細な説明を求めた。
「…それはな、」
栗色の髪の少年が答えようとした時、職員の男が話を遮った。
「オイッ、べらべら話してないでさっさと列に並べ!」
少年のグループは身体を押されながら、バラバラに散っていった。
大地とラビは話の続きを聞くことができなくなって、ひとまず列を見つけようとその場を離れた。
今の話の通りだと、すげェ嫌だし屈辱だなァ…と大地の前を歩きながらラビが思っていると、妙に視線を感じることに気づいた。
うまく言えないが、まとわりつくような嫌なものだ。その発信元が誰なのか探る。
わらわらと集められた少年たちは、紙を片手に不安げな表情のまま職員に並べられている。みな自分のことに精一杯な様子で、ラビのことを気に留めている者は1人もいない。
ラビは視線の主がこの中にはいないと判断した。
その時突然、ヒュウッと口笛の音が響いた。と同時にさっきの嫌な視線が強まった気がして、ラビはそちらの方に顔を向けた。
そこには、少年院の職員がいた。教官なのか看守なのか立場は分からないが、身体検査を整理・指導するためにいるうちの1人だった。
その男はラビと目が合い、にやりと笑った。この男だ。嫌な目で自分を見ている者の正体はこいつだ。
ラビが警戒していると、その男はにやにやと笑ったまま隣の同職らしい男を肘で小突いた。そしてひそひそと2人話したかと思うと、指で右、左と交互に指差してうなずきあっている。
そのあと男たちはなぜか握手をして、クスクスといやらしく笑っている。そして再度ラビたちへと向き直り、2人でじっと先程の嫌な視線を寄越してくる。
一体何だというのだろう。
どうやら交互に指差されていたのは、自分と大地のことではないのか。
そう気づいてラビが大地を見てみると、深刻な表情で何やら考え込んでいる。
きっと、身体検査の噂話を聞いて不安になっているのだろう。そのため周りの視線にまったく気づいていないようだ。
そうしていると背後から今度は別の視線を感じて、ラビは素早く振り返る。
見ればさっきの男と同様、職員の男がじっと自分たちを見ていた。
ラビは大地に話しかけた。
「…大地、オレたち…なんか知らねェけど見られてるぜ」
「え?」
そう言われて大地はハッと顔を上げた。ラビは険しい表情で背後の男を見つめ返しており、大地もやっとそれに気づいた。
その男の視線はじっとりと湿り気があり、ラビと目が合っていてもまったく表情がなかった。
そして今度は大地に視線を移し変えると、再び無表情のままじっと見つめてくる。大地は困惑して目を逸らした。
そうやって視線を他に移してようやく、大地は気づいた。
こいつ以外に何人もの男が自分たちを見ていることに。
ニヤニヤ笑う者、目が合うと笑って手を振ってくる者、隣の男とじゃんけんする者、ただじっと見つめる者…様々だったが、上から下まで自分とラビを舐めるように見つめてくるのは
みな同じだった。どれも嫌な感じがした。
まとわりつく不気味な視線に耐えかねて、大地はラビに寄り添う。
「ラビ…」
「ったく、何だってんだよこいつら…!」
ラビも表情を強張らせて小さく呟いた。
