スリーパーズ8
その瞬間、ざわざわと騒がしくなった。並んでいる入所者の列をかき分けて、数人の少年が向こうからやってきた。
「こいつらが今回の新入りか。どいつもこいつも、トロくさそうなヤツばっかりだな」
偉そうに大声でそう言うのは、集団の中でも際立って体格の良い、17〜18歳ぐらいの少年だった。
プラチナブロンドの髪は角刈りで、筋肉は隆々としている。話しぶりからするとどうやらすでに在院しているらしく、新入所者を見物に来たらしい。
引き連れている在院者らはその少年と同様、いずれもガラが悪そうでニヤニヤと辺りを見回していた。
今から入所する少年らは、明らかにトラブルを起こしそうなそいつらと目を合わそうとせず、絡まれないよう視線を落とし怯えていた。
新入りの少年らの顔を1人1人確認するため、わらわらとガラの悪い集団が列の横へ移動を始めても、職員は誰1人注意しようとしなかった。
職員でさえも手を焼く存在―――大地もラビも、新入所者全員、その少年をそう認識した。
「ホーク」
偉そうに列の隣を練り歩く角刈りの少年に、仲間の1人が声をかける。
「あいつら…見てみろよ」
その少年が指差したのは、大地とラビ。たちまち、ホークと呼ばれた少年のぎろりとした視線が注がれた。
「…ほほォ」
ホークは目に鈍い光を宿した。それは新しいおもちゃを見つけた悦びに満ちている。
職員たちは目をつけていた大地とラビにホークが絡もうとしているのに気づくが、ヤツに関わるとろくなことがないと知っているため、何も言えなかった。
「…?」
大地とラビは、ずかずかと遠くからこちらへやってくるホークたちを、不安そうな顔で見つめるしかできなかった。職員に嫌な視線で見られるし、さっきからなんだというのだろう。
「お前らが『史上最年少』だな」
そう言ってニタニタとホークは笑う。
ホークの言う『史上最年少』とは、邪動少年院の在院者における年齢のことを言っている。以前は満14歳でないと少年院に収容されなかったのだが、法律の改正がつい最近のため、
10歳や11歳でここへ来た者は大地たちが初めてだったのだ。
それは少年院内でもかなりセンセーショナルな出来事で、ホークたちは事前に大地とラビのことを聞いていたらしい。
「何したんだよ、お前ら」
少年院では入所者同士が互いの関係性を作る上で、罪状が一役買っていた。
過激な犯罪、例えば殺人や故意の傷害などで入った者は一目置かれ、万引きや恐喝などケチな犯罪でぶち込まれる者は小者とみなされ見下された。お互いを敬うかバカにするかは
何をしたかにかかっていた。
ラビはこのホークという少年の偉そうな態度や口のきき方に、一目見た時から反感を持っていた。挑戦的な瞳でホークを睨む。
「…何だっていいじゃねェか」
「…あぁん!?」
すぐにホークはラビの物言いに反応する。大地はラビの横でヒヤヒヤしていた。
「言いたくねェってことは、大したことじゃね―んだよ」
ホークの後ろにいる、首筋に幾何学の刺青を入れている少年が言う。ホークはそれにクッ、と笑って答えた。
「だーよなァ?ラビルーナなんておめでたいとこに住むガキが、大それたことできるわけねーもんなァ?」
大地たちがラビルーナ出身ということがホークに分かったのは、ラビの頭に伸びるウサギ耳から察知したのだろう。ラビルーナは中流家庭が大半の平和な街だ。確かに、犯罪は少なかった。
明らかに挑発されていることは分かったが、ラビはぐっと堪えた。そしてホークを無視して列に並ぶため移動しようとする。
「行こうぜ大地」
「…う、うん」
自分を怖れるでもなく何事もなかったように去っていくラビに、ホークはバカにされたと感じた。子分たちの目の前で、また大勢の新入所者の前で『史上最年少』に恥をかかされたと憤慨した。
ホークは悔し紛れに叫んだ。
「やっぱりラビルーナに住む『ウサギ人間』は意気地がねェな!!」
大地の前を歩いていたラビがピタリと止まる。大地はヤバイ、と思った。ラビは『ウサギ人間』とバカにされることを一番嫌っていたからだ。
「……」
ゆっくりとホークに振り返るラビの瞳には、静かだがはっきりと怒りが浮かんでいた。
このままでは乱闘になってしまう。大地は慌てて止めた。
「ラビ、落ちつけよ」
「…おお?これまた随分とおチビちゃんだな。何だ、いつの間にココって幼稚園児でも入所できるようになったんだよ!?ボク〜、何ちたの〜?ヨソのママのおっぱいを飲んじゃったの〜〜〜?」
ホークは大地を見て笑う。取り巻きらも、それを聞いてゲラゲラと笑っていた。
大地は当然ムカっ腹は立ったが、我慢した。だが我慢できなかったのはラビだった。
「何だとォ!?」
大地までバカにされて、ラビは一気に怒りを爆発させた。
「…ウサギ野郎が…生意気なんだよ!!」
ラビとホークが真正面から睨みあう。ホークの仲間らが囃したてた。
「ホーク、この新入りにお前の強さを見せつけてやれよ!!」
「やっちまえ、やっちまえ!」
ホークのグループの少年たちが2人を取り囲む。大地はあっという間にその勢いに弾き飛ばされ、輪の外へ放り出された。
「ちょっ…ラビ、やめろって…!」
どうにか中へ入って止めようと思うものの、興奮した少年たちの歓声と盛り上がりにそれも敵わない。
新入所の少年たちも、今から喧嘩が始まる!とワクワクしながら固唾を飲んでこちらを見つめていた。
「ラビッ…ラビ!!」
揉みくちゃになりながら大地はラビを呼び続ける。ラビはただ、ホークと睨みあったまま動かなかった。
ホークはラビに対し、ずいっと大きく歩み出た。その大きな体躯を見せつけて、ラビとの力の差をアピールする気らしい。
だがラビは怯まずに、射るような鋭い視線でホークを見上げていた。
ホークが拳を強く握り締めた瞬間、ピピィッ!と笛の音がした。職員たちがやっと制止に動き出したようだ。大地はホッとした。
「ほら、お前たちは授業に戻れ」
複数の職員たちに促されて、ホークは大きく舌打ちをする。そしてラビから決して視線を外さず、睨んだまま歩いて行った。
同じくラビもその場でじっとホークを見つめていた。
わらわらと所定の位置へ戻る新入所者や、それを誘導する職員たち。大地がそれらを縫ってラビの元へ行こうとすると、いきなり誰かに後ろから腕を握られた。
振り向くと、メガネをかけた40歳ぐらいの白衣を着た男だった。
「今から並ぶのなら、君の順番が来るのは40〜50分ってとこかな。私が診てあげるから、こっちおいで」
そう言って大地の腕を掴んだまま、スタスタと歩いて行く。
「え…」
この格好からすると、校医…と言っていいのだろうか、医療関係の人間らしい。だが、まだここへ来て間もない大地はこの男が何者なのか分からず不安だった。
「い、いいです、オレここで…っ」
大地はどうにか男の腕を振り払って拒んだ。すると男は大きく息をついて言う。
「この後、君たちは各々自分の部屋に案内されて、全体集会に参加する予定だろう?少年院は時間に厳しいんだ。特別に検査を早く済ましてあげようって言ってるんだよ。ほら、早く」
白衣の男は再度大地の腕を掴みなおし、さらに肩に手をかけて連れて行こうとする。
大地は焦ってラビの方を振り返った。見れば、大地に気づかずいまだホークの後ろ姿を睨んでいた。
「初日っから集会に遅れたりすると、あとあと目をつけられちゃうよ。君も来て早々トラブルを起こしたくないだろう。そうなると先々やりにくくなるんだから、さあさあ、来なさい」
男は戸惑う大地に構わず、身体検査を受ける入所者の集団からどんどん離れていく。
大地は男の『あとあと目をつけられる』という言葉に惑わされ、いやいやながらも従ってしまった。
その異変にいち早く気づいたのは、先程大地を見ていた職員たちだった。
「あっ、ケヴィンのヤツがあのガキを連れて行っちまいやがったぞ!」
「くそ、あのガキはオレが目をつけてたのに」
「オレだってっ!」
「今のホークの混乱の隙に、うまいことやりやがったなケヴィンの野郎」
忌々しげに職員は歯ぎしりした。
「さあ、お前もじっとしてないで早く並べ!」
ラビは職員に言われ、ホークへの怒りが収まらないまま渋々言うとおりに従うことにした。
その時初めて、傍にいると思っていた大地がいないことに気づいた。
「…大地?」
きょろきょろと辺りを見回してみても、どこにも見当たらない。ラビの鼓動が不安で急激に速まった。
「大地!」
大声で叫んだが、周りの少年らがチラリとこちらを見るだけで、返事はないし大地が現れることもない。
「トロトロするな!並べというのが分からないのかお前は!」
焦っていると背中をドンと押されて、ラビは無理矢理列に並ばされる。
「…一緒にいたヤツがいないんだ」
先程から自分をどやしつける職員に、ラビはすがりつくような思いで相談した。偉そうな態度に正直ムカムカしていたが、大地の行方を知っているならばどんなヤツでも構わなかった。
職員は面白くなさそうに吐き捨てた。
「ああ、あの黒髪のチビなら別の場所で身体検査を受けてるよ」
「別の場所ってどこだよ」
うまく大地を連れ出した白衣の男に対し苛立っている職員は、さらに投げやりに言う。
「医務室だよ」
「…医務室?なんでだよ。なんで大地だけそんなとこに」
心配のあまり詰め寄るラビに対し、職員は態度を一変させ、にたりと笑った。
「あいつは1人で、校医にみっちり身体検査を受けるのさ」
「……?」
その意味深な言い方に、ラビは得体の知れない嫌な不安を感じる。
職員は今度はまた元通り、厳しい口調で言った。
「あのガキが帰ってきたら、どんなことをされたのかゆっくり聞けばいいだろう。さあ、お前はとっととここで自分の検査を終わらせろ」
「おい!」
呼びかけるものの、職員に言い捨てられラビは焦った。ラビの後ろには他の少年らがどっと列をなしている。
「大地…」
消えた大地の身を案じながら、ラビはその場に佇むしかなかった。
