殿と大地之助 11
「あーあ、大地之助殿、汁まみれになっちゃったよ」

「お前何発出した?」

「俺4発」

「私も」

「くそ、俺は3発だ」

 脱力して床に崩れている大地之助を見ながら、横山達は下品に笑い合った。

 大地之助の視線はどこともいえぬ方向に向いていて、その顔は涙と精液とでぐちゃぐちゃに濡れていた。

 横山はそんな大地之助のそばに行き、顔を覗き込んだ。

「言っておくが、殿にこのことを言っても無駄だからな。『犯されました』などと訴えても、ああそうだろうなとしか殿はお答えになるまい」

 桜田と室井は目を合わせてほくそ笑む。

「あ~、俺すごい満足だよ。本当に殿には感謝感謝だな!」

「おう、まさにありがた~く大地之助殿の身体を堪能させていただいて」

 大地之助はそう言われても、何の反応も示さなかった。

 ふ…と薄く笑って、横山は告げた。

「また私達の相手になってくれるというのなら、同じ時刻にここに来てくれ。いつでも可愛がってやるよ」

 そして3人は、放心状態の大地之助を蔵に残して去っていった。



 しばらくそのままの状態だった大地之助は、1人になると途端にくやしさがこみ上げてきた。

「ふっ…ぅ…く…ーー!!」

 嗚咽を漏らしながら身を起こそうとするが、全身に強烈な痛みが走りうまくいかない。

 そのことが余計に大地之助の傷ついた心を打ちのめした。

(…あいつらは一体誰なんだ!?なんでこんなことになったの…?)

 頭が朦朧として理解できなかった。

 男達が言っていたことを思い出す。

(殿が霧乃進というお小姓志願の子供を抱く時、僕に見つかってはいけないから、引き止めておく為に獣のような男達に僕を差し出した…)

 その言葉どおり、自分がこんな目に遭ったのは全て殿のせいなのか。

 あの殿が、と今でも半信半疑の大地之助の脳裏に、殿が霧乃進の身体を貪っている姿が蘇った。

 それは紛れもない事実だ。

 そして自分が誰とも分からぬ男達に犯されたのも事実…。

 大地之助は、頬についている忌まわしい白濁を指に取り、見つめた。

(昼間は中条さん達と水撒きして遊んでたのに…なんで…なんでこんなことに…!!)

 霧乃進と目が合った時、ニヤリと笑いかけられたことを思い出し、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「うぅっ…ぅ…っっ」

 床に投げ捨てられていた自分の着物を、震える手でたぐり寄せた。

 家族を亡くして寂しかった自分が、あれだけ愛し、信じていた殿にこんな形で裏切られて、大地之助は全ての支えを失ってしまった。

 着物をぎゅっと握りしめる。

 今の大地之助には、それぐらいしかすがるものがなかった。



 鋭く走る全身の痛みに耐えながら、大地之助はヨロヨロと蔵を出た。

 そして運良く誰にも見つからずに風呂場へ行くことができ、男達の欲望の証を水で洗い流した。

 菊門は幾度もの挿入で傷つき、ひどく痛んだ。

 そこからどろりと垂れてくる精液を、痛みをこらえ指を入れてとり憑かれたように掻きだした。

 涙は拭っても拭ってもあふれ続け、まるで枯れることを知らぬようだった。



 中条と五代は、田崎と江田から霧乃進の話を聞いて絶句した。

「そ…そんな…」

「大地之助殿が不憫だ…」

 2人とも、昼間無邪気に笑っていた大地之助の顔を思い出し、胸を痛めた。

 田崎が苦々しい表情を浮かべる。

「殿は霧乃進を抱いた後、急なお仕事ができ、大地之助殿とまだ会っておらぬようだ。この話は大地之助殿の為にも内密にしておくようにとの指示だ」

「あ…ああ」

 中条と五代は首を縦に振った。

 このことを大地之助が知れば、どれほど嘆くであろうか。

 納得がいかない話ではあるが、従うほか術はなかった。

「ところで、大地之助殿は今どこに?」

 五代の問いに、江田が答える。

「さあ…きっと横山達と一緒であろうが、もう夕餉の時刻だ。そろそろ戻ると思う」



 そう言っているところへ、ちょうど大地之助が1人、部屋に入ってきた。

 その姿に家臣達は驚いた。

 顔色は真っ青で元気がなく、頬には引っかき傷のようなものがついている。

 いつもニコニコ笑っている大地之助とは全く違った印象だった。

「だっ…大地之助殿、具合でも悪いのか?」

 中条が思わず声を掛けると、大地之助はやっと笑顔を見せた。

「…ううん。昼間遊びすぎてちょっと疲れちゃったんだ」

 そう笑うものの覇気がなく、歩くのもおぼつかないようだ。

「大丈夫かい?横になった方が…」

 心配して五代は立ち上がり、支えようと大地之助の背中に手を回した。

 すると大地之助はビクリと身体を震わせた。

 その様子に、五代は思わず驚いて手を引っ込めてしまった。

「あ…ゴメン、五代さん。ちょっとびっくりしちゃった。五代さんの言うように横になるよ。さっきお菓子つまみ食いしてお腹空いてないから

夕餉もいらないや。心配しないでね。ありがとう」

 大地之助はやんわり微笑んで、奥の寝室へ消えていった。



「…大地之助殿、どうも様子が変だな…」

 江田が小さく呟く。五代も同意した。

「そうですね。顔色も悪いしフラフラして…しかも先ほど私が触れた時の反応が…」

 田崎は何かに気づいたように顔を上げた。

「…まさか、殿とあの坊主のことをどこかで聞いたのでは…」

「そんな…このことは横山達かお前たちのいずれかしか知らぬのであろう?」

 中条は声をひそめて言った。

「それはそうだが…もしくは、殿と霧乃進の番をしている時、私と江田はここを少々離れたのだ。その時にもしかして、大地之助殿が

この部屋に来て見てしまったのではあるまいか?」

 田崎は青ざめた。

「いや、横山らが殿に背いて喋ることもないだろうし、お前たちが番から離れたというのもほんの少しの間だろう?

霧乃進という童と大地之助殿が顔を合わさぬよう注意しておったのなら大丈夫さ」

「そうですね。大地之助殿の言うとおり、色々と遊んでお疲れになったのでしょう。頬の怪我も、いたずら盛りのやんちゃな少年がよく作る傷でしょうし、

いつも元気な大地之助殿もたまにはこんな時があるということですよ」

 中条と五代はそう言って笑った。

 江田と田崎は多少引っかかるものがありながらも、心のどこかで大地之助には殿が霧乃進を抱いたことを知らないでいてほしいという思いがあった為、

中条たちの意見に賛同した。



 それから三刻程して、仕事を終えた殿は部屋へ戻ってきた。

「殿、お帰りなさいませ」

 中条と五代は2人、寝室の前に座りお辞儀をする。

「…あれ?大地之助は?」

 いつもならどんなに遅くなろうとも、自分が帰るまで起きて家臣達とここで待っている大地之助の姿がないので、殿はキョロキョロと部屋を見渡した。

「あ…大地之助殿なら、隣のお部屋で横になられております。どうやら日中遊んでお疲れになったようで…」

「そうか…」

 中条の言葉に、殿は少しホッとした。

 何も知らないとはいえ、霧乃進を抱いてしまったことでやはり大地之助と顔を合わせづらく、内心ビクビクしながらここへ来たのだ。

 霧乃進は契りの時、積極的に色んな性技でもって殿に気に入られようとしていた。

 だが殿は、もともと義理で霧乃進を抱いていたし、何より大地之助に対して後ろめたい気持ちがあった為、1度だけ抱いて早々に自分のそばから離れさせた。

 我ながら都合がいいと思うのだが、今夜ばかりは大地之助が眠っていることがありがたかった。

 殿は寝巻きに着替え、そろそろと寝室の障子を開けた。

 見れば中条の言うとおり、大地之助は布団に入り、向こうを向いて横になっている。

 掛け布団から覗く細い肩を見て、殿の胸の中は罪悪感でいっぱいになった。

(…仕方なかったとはいえ、大地之助…すまなかったな)

 殿は心の中で詫びながら、ゆっくりと同じ布団に入り、大地之助の顔を背後から覗き込んだ。

 すると、寝ていると思っていた大地之助の瞳は開いていて、暗い光を宿しぼんやりと虚空を見つめていた。

 驚いて殿は声を掛けた。

「おっ…起きていたのか」

 だが、大地之助は無表情のまま返事をしない。

「どうした、大地之助…」

 異変を感じて再度顔を覗き込む。

 よく見ると顔は血の気がなく、うっすらと頬に引っかき傷のようなものがあった。

「っ!怪我してるじゃないかっ。何かあったのか?」

 心配して殿は大地之助の肩を掴んで自分の方に向かせた。

 顔色に反してその身体は驚くほど熱い。

 大地之助はようやく口を開いた。

「…何かあったのかって…殿が一番よくご存知なんじゃないですか…?」

 表情を変えず、冷めた口調で話す大地之助。

 こんな大地之助を殿は初めて見た。

 殿は分からないといった様子で問い返す。

「?私が何を知っていると言うんだ?大地之助、何があった」

 大地之助はふ…と初めて笑顔を作ったが、それは嘲笑という表現がピタリと当てはまる笑い方だった。

「…殿、とぼけないでよ。殿が男達に僕の身体を差し出したんでしょう?」

「……!?」

 殿は、大地之助の言っていることが全く理解できない。

「私がお前の身体を男達に…?それは一体どういう意味…」

 大地之助の身体を起こし、自分に向かせる。

 よく見ると、その首筋や胸元には、赤い痣が複数ついていた。

「!!!これは…お前まさか…」

 殿は大地之助と同じぐらい青ざめて呟いた。

 表情を凍りつかせて、大地之助は言った。

「僕がどんなに嫌がって暴れても、あいつらに無理矢理…慰み者にされたよ」

「!!!!!」

 殿が掴んでいる大地之助の肩が震え出した。

 同様に殿も怒りに身体を震わせた。

「なんということだ!!そのようなことをした狼藉者はどこのどいつだ!!!」

 殿の怒号が隣の部屋まで響き、中条と五代はハッとした。

 中に入ろうかと思ったが勝手なことはできず、2人は耳をそばだてた。

 大地之助を輪姦した何者か分からぬ男たちに対する怒りのあまり、殿は大地之助に詰め寄る。

 大地之助は瞳いっぱいに涙をためて殿を見上げた。

「お芝居はもういいよ、殿。顔を隠してたから誰かなんて僕には分からない。でもあいつらは、殿がお許しになったことだって言ってたよ?」

 殿は愕然とした。

「な…私がそんなことを許すわけがないだろう。大事な大地之助をそのような目に遭わそうなどと考える訳が…」

「じゃあなんで!!」

 大地之助は殿の言葉を遮った。

 そして殿の着物の袖を握りしめ、絞り出すような声で言った。

「…僕が大事だって言うのなら、なんで霧乃進を抱いたりなんかしたの?」

「!!!!!」

 殿は言葉を失った。

「…僕見ちゃったんだ。殿が霧乃進を抱いてるところ…」

「っっ…!!」

 視線を泳がせて二の句の出ない殿を見て、どこかあのことは夢であってほしいと思っていた大地之助の小さな願いも打ち砕かれた。

 大地之助は頬をつたう涙を拭うこともせず、淡々と続けた。

「僕が男達に犯されている間は、殿と霧乃進のいる部屋に僕が行くことはできないから、そう指示した…そうなんでしょう?」

 殿は慌てて大地之助に弁解した。

「ちっ…違う、私はそんなこと言ってない!」

 取りすがる殿を押し返して、それ以上の言葉を大地之助は拒絶した。

「もう僕は…この城にいられない…いたくないよ」

「大地之助、頼む。私の話を聞いてくれ。私を信じてくれ!!」

 大地之助は力なく立ち上がり、殿から目をそむけ震える声で呟いた。

「いやだ…あんなこと見て、あんな目に遭って…もう殿のことは信用できない」

「大地之助…」

 殿は愛する大地之助からそう言われて、心臓がズキンと痛んだ。

 大地之助は男達に嬲り者にされた痛みを引きずりつつ、部屋を飛び出した。

「大地之助!!」

「大地之助殿っっ!!」

 殿に続いて中条と五代が呼び止めても、大地之助は振り返らずそのまま暗い廊下に消えていった。



「だ…大地之助…」

 力なく畳にヘナヘナと座り込み、殿はあまりの話に衝撃を隠せなかった。

 家臣の2人は、殿を支えに近寄った。

「殿、大丈夫ですか」

 五代に話しかけられて、殿はなんとか答えた。

「あ…ああ」

 そう言うものの、視線は定まらず宙を泳いでいる。

「失礼ながら殿、今のお2人のお話を我々は聞いてしまいました。…大地之助殿が何やら狼藉者に不埒な真似をされたそうですね…!」

 中条は、くやしさで唇を噛み締めていた。

「一体誰なんだ…私の大地之助をっっ!!」

 殿は畳を拳で力いっぱい叩いた。

 そしてすぐに中条たちに命じた。

「今の状態では、大地之助は何をしでかすか分からん。何やら熱があったようだし、自害などということも考えかねない…!

すぐに追いかけて探し出してくれ!私も江田達と後で駆けつける!!」

「はっ!!」

 中条と五代は、直ちに大地之助捜索に向かった。



 1人部屋に残った殿の頭には、大地之助の最後の言葉が何度もこだましていた。

『もう殿のことは信用できない』

 大きな杭を胸に打ちつけられたような痛みが走る。

 大地之助は、自分の命令で男たちに陵辱されたと思っている。

 目の中に入れても痛くないほど可愛がっている、そして心から愛している大地之助に、そんなことをしたのはどこのどいつだ!?

 霧乃進を抱くよう話を持ちかけ、大地之助を部屋に近づかせないため用を作るよう命じたのは横山、室井、桜田の3人だ。

 まさか…とは思ったが、疑わしい。霧乃進のことを知っているのはごく限られた人間しかいないはずだ。

 殿は、大地之助の気持ちを考えた。

(お前しかいない、と言っていた私が他の者を抱いているのを見て、あいつはどんなに悲しんだことだろうか…その上私の許しを得たという男達に犯されて、

どんなに傷つき、どんなに怖ろしかっただろう…大地之助…!!)

 殿は張り裂けそうな胸を押さえた。

 涙が冷たく頬をつたう。

 すると、そこに昼間抱いた霧乃進が現れた。

「なんか騒々しいと思ったら、あいつ出てっちゃたんだー。殿、だったら私を正式にお小姓としてそばに置いて下さいよ♪」

 面白そうに笑いかける霧乃進を振り返りもせず、殿は静かに言った。

「霧乃進…この城から出て行ってくれないか、今すぐに…」

 霧乃進はムッとして問い返した。

「なっ…なぜですかっっ!!」

「私は…大地之助を心から愛している…。大地之助の代わりになる者など、どんな者でももう現れまい。それなのにあいつを深く傷つけてしまった…。

私には大地之助のいない生活など、もう考えられないのだよ」

 真っ白になるほど強く握りしめた殿の拳が、畳の上で大きく震える。

「…大地之助ぇ…!!!」

 大地之助の名前を呼ぶ殿の悲痛な声に、霧乃進はもう何も言えなくなった。