殿と大地之助 12
大地之助が城の外へ飛び出した時はもう真夜中で、辺りは真っ暗になっていた。
まだ城の敷地内ではあるが、灯りもなく不気味だ。
その上肌襦袢姿なので初夏と言っても肌寒く、それが大地之助をより一層不安にさせた。
(もう、殿のことは忘れよう…僕はお小姓でも何でもない、ただの大地之助なんだ…)
お堀の淵にかがみ込んで、自分にそう言い聞かせた。
「そこにいるのは誰だ?」
背後から急に声を掛けられ、大地之助は身体をビクリとさせて立ち上がった。
見れば、たいまつを持った警備兵らしき若い男が1人、不審な顔をして立っている。
「私は城の警護をしている者だが…」
そう言いかけて、男はドキリとした。
自分を見上げる者がまだ年端のいかぬ少年で、悲しそうな表情で涙を流して佇んでいる。
その姿は儚く頼りなげで、今にも消えてなくなりそうだった。
どこかこの世のものではないような、そんな気がした。
その瞬間、突然吹き荒れた風が大地之助の頬を撫で、そのひんやりとした感覚に、大地之助は自分が泣いていることを初めて知った。
慌ててゴシゴシと目をこする。
男もそれを見て我に返り、大地之助に問いかけた。
「ま…まあ良い。それより…殿のお小姓が城から飛び出したらしいのだが、姿を見かけなかったか?」
大地之助はギクリとした。
(探してるのか…)
身体を強張らせて、何も言えない大地之助を警護の男は気にする様子もなく、キョロキョロしながら苦笑した。
「何せ私は昨日からこの城で働き始めたばかりなのでな。城の周りも疎いし、そいつの顔も知らないんだ」
(なんだ…この人何も知らないんだ)
内心ホッとしながら、大地之助は悪いと思いつつ嘘をついた。
「いえ…知りません」
「そうか。なら良いのだが…」
男は不思議そうな顔で大地之助をまじまじと見つめた。
「君、どうかしたのか?そんな薄着で…顔に怪我してるようだし…」
大地之助はヤバイと思い、きびすを返して男の元を去った。
「なんでもありませんっ」
「あ、君っっ!!」
次第に小さくなっていく大地之助の後ろ姿を見ながら、警護の男は1人考えた。
(あの子は一体…?最初のあの消えてしまいそうな雰囲気は…気にかかる)
大地之助は男が追ってこないことに気づいて走るのをやめ、とぼとぼと歩いた。
(これからどうしよう…ここでこうしていても今みたいに見回りの人と会っちゃうし…おじさん家には城の人が来て迷惑かけちゃうかもしれないし…)
そして足元に大きな月影が見え、ふと顔を上げた。
そこには、大地之助が殿と過ごした城がそびえ立っていた。
『愛してるよ、大地之助…』
『僕も…』
2人の甘い思い出が蘇る。
大地之助は、短い間だったが城で暮らしている間は幸せだった。
今日、あんなことが起こるまでは。
もう、あの頃へは戻れない。知らず知らずにまた涙があふれてきた。
(殿…さよなら)
心の中で呟き、断ち切るように振り返って走り出そうとした時、何者かに腕を掴まれた。
「おおっと!待ちな」
大地之助は見回りの者に見つかったのだと思い、慌てて振り返った。
だがそこには、城の者の恰好をした男ではなく、浪人風のガタイの良い男が下品な笑みを漏らして大地之助を見下ろしていた。
「どうしたんだい坊や。可愛い顔涙で濡らして…おじさんが慰めてあげるからおいで」
何者なのか分からないが、明らかに良からぬことを企んでいる怪しい雰囲気に、大地之助は気を落ち着けて冷ややかに言った。
「…放して下さい」
男はニヤリとほくそ笑む。その目はギラギラと光っていた。
大地之助は掴まれた腕を振りほどこうと渾身の力を込めて身を捩った。
「くっ…!!」
だが男はびくともせずに、困惑している大地之助を見てくくく…と喉を鳴らす。
楽しむように鼻歌を歌いながら、鼻の横にある大きなホクロをポリポリと掻いて余裕の表情だ。
明らかに馬鹿にした様子に大地之助は腹が立って、男のすねを数回蹴り上げた。
「あいててて…分かった分かった。おらよっっ」
掛け声と共に、男は笑って大地之助の身体をいとも簡単に抱き上げた。
大地之助は大慌てで叫んだ。
「っっ!!いやだっ!放せ!!」
「こらこら騒ぐなって」
ジタバタと抗ってみても男は一向に気にする様子もなく、大地之助を木立の生える茂みへと連れて行き、地面に放り投げた。
「いっっっ!!」
大地之助は昼間男達に陵辱された身体を強く打ちつけて悲鳴を上げた。
「何す…」
大地之助が痛みをこらえて上半身を起こそうとした時、男が着物を脱ぎながらのしかかってきた。
大地之助は輪姦された恐怖を鮮明に思い出し、ひゅっと喉を鳴らした。
欲望に光る目。
野卑た笑みで醜く歪む口元。
…同じだ。あいつらと同じものだ。
(…怖い…!!)
恐怖のあまり、力が抜ける大地之助の肌襦袢の胸元に手を掛け、肩や胸を露出させながら、男はデレデレと鼻の下を伸ばしている。
「うへへへ…」
桃色の可愛らしい突起にむしゃぶりついて、男が息を荒くさせて呟いた。
「ありゃ?お前の身体、すっごく熱いなぁ。気持ち良くって火照ってきちゃったかあ?」
自分の都合のいいように解釈し、いやらしく大地之助の身体を撫で回している男。
それを見て、大地之助はやけになっていた。
蔵の中でどんなに抵抗しようと思っても、押さえつけられ蹂躙された。
自分がいかに無力な子供かということを思い知らされて、身体ばかりか自尊心まで踏みにじられたようだった。
いやだ、やめてと訴えても、聞いてくれないどころか、野獣と化した男達はむしろそれを楽しんでいる節があった。
あんな惨めな思いは、もう二度と経験したくなかったのだ。
(結局手籠めにされてしまうのなら、無駄な抵抗はやめた方がいい…。もうどうにでもなれ…)
大地之助はそう思って大人しくしていたものの、男の手が脚の間に伸ばされた時、一気に嫌悪感が全身を襲った。
やはり犯されること自体が何にも勝る屈辱だと、大地之助の本能が察知した。
(……!!やっぱり、イヤだ!!)
「い…いやっ、やだあっ!!!」
急に抗いだした大地之助に、男は驚いて怒鳴った。
「うるせぇっ、だまれ!!」
「放せぇっ!!」
暴れる大地之助を太い腕で押さえつけ、男は脚の間に強引に割って入る。
太股に怒張した男根の感触を感じて一層恐ろしくなったが、昼の二の舞がイヤで大地之助は抵抗をやめなかった。
「大人しくしろ、オラッ!!」
「放せったらぁ!!」
そこに、2人の声を聞きつけた先程の警備の男が刀を抜いて駆けつけてきた。
「やめろ、何してる!!その少年から離れろっ!!!」
大地之助にのしかかっていた男はハッとして顔を上げ、刀を見て一目散に逃げて行った。
手や脚に泥汚れや引っかき傷を作って、ゆっくりと身を起こす大地之助に走りより、警備の男は乱れた着物を直してやった。
「…大丈夫か?」
「はい…ありがとうございます…」
震えてはいるものの、安堵の表情を浮かべ微笑む少年に、男は優しく声を掛けた。
「……。君なんだろ、殿のお小姓」
「……っっ」
大地之助はグッと息をつまらせ男を見上げた。
バレた。男が何をもってしてそう感づいたのかは分からなかったが、証拠は何もない。
大地之助が違うと言いかけたところを、警備の男は気遣うように言った。
「私は、社万次郎という。大丈夫、私は君を無理矢理城へ連れて帰ろうなどとは思っていない。城を飛び出したのには、何か理由があるのだろう。
私でよければ話してくれぬか?」
大地之助は、万次郎と名乗った男を見つめた。
万次郎の瞳はあくまで優しく、その言葉が嘘ではないことを物語っていた。
じっと考えて、大地之助はコクリとうなずいた。
その時、大地之助の額にポツッ…と水滴が落ちてきた。
「あ…雨だ」
万次郎はシトシトと降り出した雨に手を差し伸べて確認している。
2人は城のほとりにある小さな空洞で雨宿りすることにした。
