殿と大地之助 8
次の日の午後、大名からの贈り物としてわらび餅が届けられ、殿と大地之助は仲良くそれを食べていた。
家臣達4人は同席していたが、中条と五代は出歯亀をしていた後ろめたさと、大地之助の痴態がいやでも脳裏によぎるのとで、
朝から2人の顔をまともに見れないでいた。
「はい、あーん♪」
大地之助はわらび餅を殿に食べさせ、ニコニコと笑っている。
「うん、大地之助に食べさせてもらうと一層うまいな」
「へへ…あっ殿、黒蜜つけてみる?」
大地之助はわらび餅に黒蜜を丁寧につけ、また殿の口元に持っていった。
それをもぐもぐと食べながら、殿は意味ありげに微笑んだ。
「黒蜜も良いが…私は大地之助の白蜜が食べたいなぁ」
「……?」
意味が分からずきょとんとする大地之助の後ろで、中条と五代が真っ赤になって咳き込んだ。
江田と田崎はそっちを見て、不思議そうな顔をしている。
大地之助は、今殿が言ったことの意味を考えた。
(白蜜…?ここには黒蜜しかないのに、殿何言ってんだろ。僕の白蜜って?僕の…白…っっ!!!)
大地之助はやっと、昨晩の契りに自分が射精したことを殿が言っているのに気づいて、顔をゆでだこのように真っ赤にした。
「とっ…殿っ!!」
「ふふ…私は本気だぞ?」
殿はそう言って大地之助の頬に口づけた。
家臣達の目の前でそんなことをされて、大地之助は恥ずかしくてたまらなかった。
「もう、殿の助平っ!!」
「んん〜、わらび餅より柔らかくて甘そうだな、大地之助の口唇は」
殿は周りを一切構わずに大地之助にすりより、口唇に口づける。
「あっ…」
ピクリとして身体を逃そうとしても、殿が肩を抱いているので敵わずにそのまま接吻を交わした。
殿は大地之助と口づけあったまま、家臣達に手をヒラヒラと振って人払いした。
中条達は慌てて席を立った。
「私達は向こうの部屋へ参ります」
2人きりになって、大地之助は頬を桜色に染めて言った。
「殿のお口、甘いね…」
殿は自分の帯をしゅるしゅるとじれったそうにほどき、黒蜜を大地之助の口唇に塗る。
そして舐め取るように舌を這わし、大地之助に覆いかぶさっていった。
「殿もお盛んだなぁ」
隣の部屋に移った田崎は、心底感心したように言う。
「昨晩の契りはすごかったぞ。なんせ大地之助殿が殿に尺八をされた上、精通を迎えて…」
中条は自分と五代が見た全てを田崎と江田に話した。
「ほ〜、だから殿は昼間から欲情されたのだな」
「ああ、あのように可愛らしい大地之助殿と一緒にいたら、そんな気持ちになられるのも無理はないと思うよ」
江田に対して、中条はうむうむと目をつむってうなずいた。
隣の部屋からは、大地之助の切なげな喘ぎ声が響きだした。
中条達がまた覗こうか、と目配せしている時に、自分たちの部下である横山が部屋に入ってきた。
「殿はいかがなされましたか?」
「しっ!今、大地之助殿とお2人でいらっしゃる。何の用だ?」
中条が小声で囁くので、横山も慌てて声を低くした。
「いえ、庭の剪定のことでお伺いしたいことがあって…」
「なら、後で良い。契りの最中だ、終わればまたお声を掛けていただくように伝えておくから下がっておれ」
横山は、障子越しに2人の睦み合う声を聞き、大人しく部屋を出た。
廊下には、横山と行動を共にしている室井と桜田がいる。
「おい、殿は剪定のこと、何とおっしゃっていた?」
「今は大地之助殿といたしている最中だ。話もできず、中条殿らに追い払われた」
横山は無表情で室井に答える。
桜田は廊下を歩きながら言った。
「うわ〜、昼間っからお元気だな、殿は」
室井は巨体を揺らして笑った。
「うらやましいな、我らの大地之助殿と契れて」
この横山、室井、桜田の3人は殿の側近達で、中条達と同様に大地之助の可愛さに魅了されていた。
だが側近とは言っても、中条達がいる為なかなか大地之助と話をすることが叶わず、3人はずっと不満に思っていた。
「中条殿もケチだよな。寝ずの番を我々と代わってくれても良いのに…。そうしたらお2人の愛の営みをこの目で存分に拝むことができるのになぁ」
くやしそうに桜田は口唇をとがらす。
室井はあごに手をやりながら言った。
「それにしても、大地之助殿はどのような顔で殿に抱かれるのだろう。最近は可愛らしい中にもほんのりと色香を漂わせるようになって、
殿のご寵愛がしのばれる」
「そう、そこなんだよ!腰のあたりなんか特に色っぽくてさー。中条殿達みたいに覗いたりすることができないから余計悶々としちゃうんだよな。
それならいっそ、手籠めにしてヤッちまいたいとか思っちゃうんだよ」
「あー、俺もだ俺も!!」
桜田と室井が盛り上がるのを聞いて、横山が足を止めた。
鋭い目で睨まれて、2人は慌てて言い訳した。
「冗談だよ、冗談!!俺たちの叶わぬ願いだ」
「そうだよ、そんなこと本当にしてみろ。殿にどんな目に合わされるか…」
横山は表情を変えず、静かに言った。
「いや…私もお前たち2人と同じように、大地之助殿の身体に興味がある」
「へっ!?」
横山の意外な発言に、桜田と室井は拍子抜けして妙な声を上げた。
「近寄らせてもらえぬなら…と以前から色々と考えていたのだ。そして一つ、良い案が浮かんでな…」
怪しい光を瞳に宿して薄く笑う横山に、室井と桜田はゾクリと背筋が寒くなるのを感じたが、その『良い案』の説明に2人は身を乗り出した。
それから一週間ほど経ったある日の午後。
初夏の日差しが城を照らし、天守閣を明るく浮かび上がらせている。
大地之助は中条と五代と3人で、城の庭に水撒きをして遊んでいた。
キャッキャッと楽しそうな声が城の上部、殿の部屋まで聞こえてきて、殿はニッコリと笑った。
「大地之助殿、元気ですねぇ」
殿をうちわで扇ぎながら、田崎と江田も微笑んだ。
「あれはまだ子供だからな。昨晩もあんなに乱れていながら本当に元気…」
そこまで言いかけて、殿はハッとして咳払いをした。
田崎達はクスクスと笑う。
そうしていると、横山が廊下から声を掛けてきた。
「殿、折り入ってお話したいことがあるのですが…」
「ああ、横山か。入れ」
殿の許しを得て横山は一礼し部屋に入る。
神妙な面持ちで近づいてくる家臣に、殿は真剣な顔で問いかけた。
「なんだ、話とは?」
横山はチラ…と田崎と江田を見て、次いで殿に視線を移し変えた。
「実は…どうしても殿に抱かれたいという童がおりまして、本日ここに連れてまいったのでございます」
「抱かれたい童?」
急な話に殿は戸惑った。
田崎達もいぶかしげな顔をする。
「そんなことを言われても、私は大地之助以外の童に興味はないぞ」
不機嫌そうに言う殿に構わず、横山は部屋の外に待機している室井と桜田に呼びかけた。
「おい、連れて参れ」
2人と共に現れたのは、大地之助と年の頃がよく似ている童だった。
長い髪を一つで束ね、つり上がり気味の目は少しきつい印象を与える。
大地之助とは対照的な雰囲気の少年だったが、なかなかに整った顔立ちをしていた。
「この童、名は霧乃進と申しまして、実は以前殿のお小姓になりたいと自ら志願しに参った者でございます。が、一足早く殿が大地之助殿をお気に召されて、
御目文字することが叶いませんでした。その後、一度で良いから殿に抱かれたいと熱心に言ってくるもので、こうやって連れて参った次第でございます」
横山の説明に、殿は困ったような顔をしている。
「おい、殿はお困りになっておる。早くその者を連れて下がれ」
田崎が部屋を出るよう促すが、霧乃進は無視して手を胸の前で組み、潤んだ瞳で殿に訴えた。
「殿…私霧乃進は、殿にお仕えすることが夢でございました。それが叶わないのならば、せめて一度だけ抱いてほしいのです。ただ一度だけ、殿と同じお布団で…」
懇願するように見つめられても、殿の答えは変わらなかった。
「いいや…私には大地之助がいる。帰ってくれないか」
横山は内心舌打ちした。
お優しい殿は、この童の訴えにほだされて、首を縦に振ると思っていたのだ。
殿が大地之助を可愛がっていることは知っていたが、これ程までとは。
(この先に計画していたことが全て狂ってしまうではないか…!!)
横山が密かに苛立っている時、霧乃進が意外な行動に出た。
「…分かりました。殿が私を抱いてくれないのなら、いっそ自害します」
そう言ったかと思うと、霧乃進はグッと身体を強張らせて目をつむった。
舌を噛もうとしているのだ。
「あ…待て!!」
殿は慌てて霧乃進の肩をつかんで止めた。
横山や田崎らも思わず身を乗り出す。
霧乃進は、青い顔で呟いた。
「…勇気を持ってやってきたのに、殿に拒まれたら…私はこの先どうやって生きていけばよいのか…」
涙を流しながら思いつめた表情の霧乃進に、殿はしばし考えて告げた。
「…分かった。一度で良いのだな」
「っ!抱いていただけるのですか!?」
霧乃進は打って変わって満面の笑顔になった。
「…うむ。こんなことで自害しようなどと…命を粗末にするな。ただし、抱くのは一度きりだぞ、分かったな?」
「はい!ありがとうございます、殿ー♪やっぱりお優しい方ですね!!」
心底嬉しそうに殿に抱きつき、喜んでいる霧乃進。
その様子を見て、横山、室井、桜田は心の中でほくそ笑んだ。
そう。これで良いのだ。
あなたがこの霧乃進と契っている最中に、私達はあなたの大事な大地之助殿を…。
目の前の積極的な少年に辟易して赤くなっている殿に、横山ら3人は席を立った。
「では、私達はこれで…」
「おい、だっ…大地之助には何か用を作って、この部屋に近づかぬようにしといてくれよっ」
殿はこのことが大地之助に知られてしまうのを怖れた。
横山は口の端を上げてうなずく。
「…はい。それは重々承知いたしております」
そして3人は部屋を出て行った。
江田は困った顔で殿に言う。
「本当に良いのですか、殿。…大地之助殿は…」
その瞬間、水撒きをして楽しそうに笑う大地之助の声が聞こえて、殿は少々胸を痛めたが苦笑いして答えた。
「…仕方ないだろう、この童があんなことをしては…」
「ああん、殿ー。大地之助殿のことなんて考えないでくださいっ。今は私だけを見てくれなきゃイヤですー」
霧之進は、猫のように殿の首にまとわりついて甘える。
殿はたじたじになって江田に告げた。
「お前たちも、大地之助がこの部屋に入ってこぬよう、ここで見張っておいてくれ。頼んだぞっ」
そう言って殿は、田崎が布団を敷いた部屋に霧乃進を連れていった。
江田と田崎は、庭ではしゃいでいる大地之助の姿を窓から見つめた。
水撒きと銘打ってはいるが、中条や五代に水をかけ笑っている。
愛している殿が他の童を抱いていると知ったら、大地之助はどんなに悲しむだろう。
仕方ないとはいえ2人は腑に落ちず、大地之助を気の毒に思った。
