殿の誕生日 10
大地之助は日々順調に、誰にもバレずに毎日鑑永寺に通っていた。
素人には難しいと言われるわらじづくりだったが、手先の器用な大地之助はコツを上手くつかんでみるみる上達していった。
最初は厄介事を引き受けてしまったと感じていた鑑導も、大地之助が熱意を持って一生懸命わらじを作る姿を見て、もうそんなことは思わなくなっていた。
それどころか、性格的にウマが合うというのだろうか、冗談などを言い合うと正直楽しかったし、素直で愛らしい大地之助といると自然と心が明るくなった。
鑑導はいつの間にか、大地之助が訪れるのを心待ちにするようになっていた。
鑑永寺、四日目。
「大地之助、ここへ通うのを知ってるのは、万次郎とオレとお前の三人だけなんだよな?殿さんにはバレてねぇのかよ」
鑑導は心配になって聞いてみた。大地之助はわらじづくりの手を止めて言う。
「バレてないよ。昼寝の時間を利用してコッソリ来てるんだ。その時間は殿も他のみんなもお仕事してるから、誰も気づかないよ」
得意そうに言う大地之助に、鑑導は真顔で呟いた。
「昼寝…」
そして、だんだん小刻みに震えだし、ついにはこらえ切れなくなって大きく吹き出した。
「昼寝だと…ぶわはははっ!!!」
「な、なんだよ、何が可笑しいんだよっ!!」
大地之助はバカにされているのに気づいて、鑑導を咎めた。
「だっ…だってよぉ、昼寝なんてほんの赤ン坊のすることじゃねぇか。お前その歳でまーだそんなことしてんのかよ〜!」
また『ぶはは』と大爆笑する鑑導。
この口の悪さにはもう慣れた。
毒舌でも実際こうやって毎日わらじづくりを教えてくれる、面倒見の良い優しい男なのだ。
「城のみんなに『よちよち、いい子でちゅね〜』って可愛がられていいこったな!」
優しい男。
そう思ってこらえているのに、まだひぃひぃとお腹を抱えてからかってくる鑑導のしつこさに、大地之助はさすがにムカついて言い返した。
「違うよ、僕が昼寝するのはお仕事の一つでもあるんだよーだ」
べーっと舌を出す大地之助に、鑑導は目尻の涙を拭きながら尋ねる。
「昼寝が仕事ォ!?なんだそりゃ、御大層な仕事だなぁ。嘘つくならもっとマシな嘘つけ大地之助ー」
まだ笑いながらおでこを突っついてくるので、後ろに倒れそうになりつつ大地之助は反論した。
「嘘じゃないよ、ちゃんと昼寝して、夜のお勤めに備えておくのっ!!」
大地之助は大きな声でそこまで言ってハッとした。
夜のお勤めというのは、もちろん夜伽のことである。
悔しさのあまり何も考えずに言ってしまって、大地之助は恥ずかしくて鑑導の顔が見られず、目を逸らした。
「夜のお勤め…?」
鑑導は急に真顔になった。
無邪気な子どものままの大地之助と接していると忘れてしまいがちだったが、こいつは殿サンのお小姓なのだ。
しかも殿の寵愛を一身に受けていると名高いお小姓。
大地之助と会う以前から、山中でほとんど人と関わらない鑑導でさえも、その噂を聞いたことがあるほど有名だった。
夜のお勤めというのは、当然そういうことをこの大地之助が殿といたしている、ということである。
目の前にいる大地之助が、殿様に抱かれているところをつい想像してしまう。
殿をまだ一度も見たことがなかったため、男の顔は暗くぼやけていたが、愛おしげにその男の腕の中で妖艶に裸体をくねらせ、熱い口づけを交わす大地之助が
脳裏に浮かぶ。
鑑導は胸がきゅうっと痛くなるのを感じた。
「そっ、そうだよなぁ、お前…お小姓なんだもんなぁ…」
思わずそう口にしたものの、自分でも驚くほど落ち込んだ声音だった。
だが大地之助はそれに気づかず、むしろさっきの延長でからかわれていると思い、顔を真っ赤にして言った。
「…んもぅ、もういいよこの話…やめやめっ!!」
恥ずかしさで耳まで赤らめて、誤魔化すようにわらじづくりにとりかかる。
俯いたことで細いうなじがあらわになって、その白さがまぶしい。
鑑導はますます切なくなった。
自分に芽生え始めたある感情に気づいて、鑑導は少し戸惑っていた。
お昼に鑑永寺でそういう風に過ごす大地之助。
夜は初日や次の日に限らず、その次の日もまたその次の日も、大地之助は殿が部屋に帰ってくる前に眠気に負けて寝てしまう日が続いていた。
大地之助と共にいる部下たちは、その愛くるしい姿を堪能できてすこぶる幸せだったのだが、反対に殿はやるせなさに包まれていた。
気持ち良さそうに寝ている子どもを無理矢理起こしてコトに持ち込むなどできず、欲求不満が最高潮に達している。
大地之助は朝、夜のお勤めができなかったことに気づいて謝るのだが、殿は怒るに怒れない。
繋がれない日がずっと続いていた。
