殿の誕生日 11
 鑑永寺、五日目。

 大地之助が鑑導の後について寺に入っていく際、その後ろ姿を見てあることに気づいた。


「あ、鑑さん、頭の後ろの方、髪が伸びてきてるよ」

「あ?」

 鑑導はそう言われて、後頭部に手を伸ばす。確かに剃り残しがあった。


「ほら見ろ、オレはハゲじゃなかっただろぉ〜?」

 奥の部屋へ歩きながら、先日大地之助に『ハゲ』と言われたことを言っているのだろう、白い歯を見せて鑑導はニヤリと勝ち誇ったような笑顔を見せた。

 大地之助は肩をすくめる。


「発毛が盛んで、毎朝剃っても剃っても追いつかないぜ」

 まだまだ毛根の活動が活発なんだと主張しながら、剃り忘れた襟足にジョリジョリ触れていると、大地之助が前に回り込んできた。


「そこ、今から僕が剃ってあげる!」


 大地之助の突然の申し出が思いもよらないものだったので、鑑導は恥ずかしくて顔を赤らめた。

「いいよ、これぐらい」

「でも、なんだか可笑しいよソレ。僕上手いんだから、任せてよ」

 言い出したら聞かない大地之助のことだ。

 それに、この大地之助に頭を剃ってもらうことが少し嬉しくて、まんざらでもない鑑導は大人しく従うことにした。


 奥の部屋について、窓から陽が差し込む明るい場所に鑑導を座らせる。大地之助はその背後に回り、ひざで立った。

 剃刀を渡しながら、鑑導は言った。

「ホントに大丈夫かぁ?手元が狂ってグサッ!なんて、流血沙汰にならないだろうな」

「大丈夫だって。毎日殿の髪やお髭、剃ってるもん」

 手慣れた様子で剃刀の刃を開いて、大地之助は得意げに返す。


『毎日殿の髪やお髭、剃ってるもん』。

 何気なく言われたその言葉。

 お小姓ならばそれは当然の仕事であろう。

 それは分かっているのに、大地之助からそう改めて告げられると、鑑導の胸がツキンと痛んだ。


「はい、頭をちょっと前に傾けて」

 鑑導は大地之助の指示に従う。

「いくよ」

 そっと剃刀を当てがって、ジョリジョリと優しく剃っていく。

「ぶは、くすぐってぇ」

「動かないでね、危ないよ」

 大地之助は鑑導の耳元に左手を添えて、体勢を安定させる。


「……」

 長年、人に髪を剃ってもらうことなどなかった鑑導は、照れくさくて黙っていた。

「よく見るとこっちもだな」

 大地之助は独り言を言いながら、最初に指摘した部分以外にも丁寧に刃を滑らせた。


 剃刀の刃先のふんわりした動きと、添えられた大地之助の手。

 それが襟足や耳元、また首筋に触れるたび、ゾクゾクした感覚に襲われて、鑑導はなんだか妙な気分になってきた。

(…あ…)

 そのゾクゾクは、心地よさからくる快楽に他ならなかった。

 近頃他人と身体を触れ合わせていないことと、触れられているのが大地之助だということが、鑑導をさらに愉悦へと誘い込む。


 その時鑑導の脳裏に、あろうことか大地之助が自分に身を捧げる姿が浮かんできた。



『鑑さん…』

 首筋に触れる小さな手が、正面からふわりと自分の両頬に回り込む。

 そのまま大地之助の両腕が首の後ろへと伸び、抱きつかれた。

 可愛い顔が至近距離にあって、桃色の口唇と濡れた舌を口元から少しだけ覗かせて、甘く囁く。


『鑑さん、しよ…?』

 着物はすでに乱れていて、惜しげもなく晒された薄い胸と白い脚は、鑑導を官能の世界へといざなうのに充分だった。

 そのなまめかしさは例えようもなく、誘われるまま大地之助をかき抱いた。




 …とそこまで想像して、鑑導は身体の異変に気づいた。


 視線の先には、頭をもたげ自己主張している自分の男根。

 当然着物を着ているためもろに見えはしないが、それでもはっきり分かるほど完全に勃起してしまっている。

(ヤ、ヤバ!)

 大地之助は未経験ではないのだ、男の身体がどういう時にこうなるか知っている。

 …このままでは気づかれてしまう。

 隠さなければ、そう思った瞬間、大地之助が元気に言った。

「終ーわり〜!鑑さん、男前が上がったよ!」
 
 鑑導の気も知らず、大地之助は満面の笑みで前に回り込んでくる。

「あ、ありがとよ」

 隆起した股間を必死で隠しながら礼を言ってはみたものの、大地之助の顔をまともに見られないでいる。


「へへ、僕上手でしょー。剃刀負けもしないんだよ。これだけお世話になってるんだもん、またいつでも言ってくれれば剃るからね」

「あ、ああ…」

 鑑導は『頼むから男根に気づかないでくれ』という思いでいっぱいで、気もそぞろに生返事をした。


「…なんか変」

 大地之助の言葉に、鑑導は心臓が止まりそうになった。

 もしやバレたのか、とヒヤヒヤしながら、とぼけたフリをしながら意を決して聞いてみた。

「な、何が…?」


「だって鑑さん、すごく素直なんだもん」

「ハ…ハハ、なんだよ、そんなことか」

「ほら、やっぱり変だ。いつもなら『うるせぇ』とか言いそうなのに」


 怪訝そうにじっと大地之助が見つめるのを感じながら、鑑導は前を隠しつつゆっくりと立ち上がった。

「どこ行くの?」

「ちょっと…厠へ…」

 背中を見せて、いそいそと歩を進める。


「鑑さん、ひょっとしてお腹壊してるの?」

 鑑導の体勢が不自然なためであろう、大地之助が心配そうに見つめる。

「ああ、ちょっとだけな」

 とりあえずそういうことにして、厠へ向かう。

「また変な物食べたんじゃないの?気をつけなよ」

 何も知らずにそう言う大地之助の声を背にして、鑑導は消えていった。


 厠に着いて、鑑導は壁にもたれて一人ごちた。

「齢三十にして、頭に触られたぐれぇで…オレどうしたんだろ…」

 張り切ってしまっている男根に視線を移し、深いため息をつく。


(オレ…やっぱりあいつのこと…)

 たった数日、しかも限られた時間しか共に過ごしていないのに、大地之助が自分の中で特別な存在になってしまったことを自覚する。

 触られた部分が性感帯…というか確かに敏感な部分ではあったが、別段裸を見たわけでも、抱き合ったわけでもない。

 これは重症だ、と鑑導は頭を抱えた。


 それに、頭に繰り広げられた大地之助の姿態が、脳裏から離れない。

 本人から遠のいても、鑑導の魔羅は鎮まるどころかますます上向いてしまっている。

「……」

 ゴゾゴゾと褌から雄々しくそそり立つ男根を取り出す。

 大地之助に悪いと思いながら、そこをこすり始めた。


 大地之助は鑑導の頭の中で、はち切れそうに勃起したその魔羅を挿入され、可憐な声で喘いでいる。



『あっ、あっ…!鑑さんっ、もっとォっ…!』

 想像の中の自分はそれに応えるべく、激しく大地之助を揺さぶった。


『ひぁう!き…もちいいっ、気持ちいいよォっ…!』

 大きな快感に耐えきれず、すがりついてくる細い腕。

 鑑導は情熱的にその身を抱き寄せて、快楽に濡れる大地之助の口唇に口づけた。

『……っ』

 勢いに戸惑いながらも、大地之助もそれを受け入れて舌を絡めてくる。

 鑑導から理性が吹き飛び、本能のままに大地之助の全てを揺さぶった。




「…大地之助っ!!」

 鑑導はたまらず愛しい少年の名を呼んで、白濁した思いの丈を放った。