殿の誕生日 17
 大地之助はその日の午後、いつものように昼寝の時間に嘘をついて鑑永寺へと出掛けた。

 江田と田崎は殿の命を全うするため、昨日と同じように大地之助の跡をつける。


 気づかれないよう細心の注意を払い、大地之助についていく。

 だが寺が見えてくる頃になると、田崎が急に弱音を吐き始めた。

「…しかし、本当に真相を突き止められるのか?あの鑑導という男にまた昨日のように見つかりそうになったら、私は殿の命を全うできる自信が…」

「おい、徳代家の家臣が何を怖気づいている。殿の昨日のご様子を思い出してみろ。お気の毒に…あの心労を取り越し苦労だったと私たちが証明するのだ」

 江田の意気込みに励まされて、田崎は自分に言い聞かすように何度も頷いた。


 あんなに殿を愛している大地之助殿が、殿を裏切るはずがない。

 そう決意を新たにして、二人は鑑永寺に向かった。


「鑑さーん!!」

 大地之助が寺の入口に立って、中の住職に呼びかける。

「今だっ」

 鑑導が大地之助を出迎えに行って気を取られている隙に、昨日は行くことができなかった寺の裏側へと回り込んだ。


 江田と田崎が足音を消して辿り着いたそこは、ボロボロの寺の中では比較的綺麗な広めの部屋に面した、裏庭だった。

 裏庭と言っても手入れされていない草が生い茂る荒れ地で、部屋とは壁で仕切られており行き来できないようになっている。

 木の柵が取りつけられている灯り取り用の小さな窓がいくつかあって、そこから中を覗き込んでみた。

 そこには囲炉裏や座布団、座卓があって、窓の下には直接壁に備えつけられた横長の机もあった。


「…あの二人はいつもここにいるんだろうか?」

「そうらしいな」

 田崎と江田がそう話していると、廊下の軋む音が聞こえてきた。大地之助と鑑導がこの部屋へやって来たようだ。


「もうお昼食べた?」

「ああ、イモをたんまりな。おかげで屁もたんまり出らぁ」

 鑑導は尋ねる大地之助に少しだけお尻を向けて『ブゥ』と放屁する。

「ちょ、やめてよ…うわクサっ!!」

 その反応にガハハと笑う大男。大地之助は鼻をつまんでしかめっ面をしている。

「もー!」


 二人に見つかってはならないと、江田たちは慌てて窓から身をかがめた。

「さ、今日も時間いっぱいやるぞ〜!」

 大地之助の明るい声が響く。

 ここで言う『やる』とはもしや…とまたも不安になりつつ、家臣たちは怖る怖る窓に首を伸ばした。


 気づかれないようにそ〜っと、中の様子を窺う。

 見れば、大地之助の真ん前に鑑導が巨体を寄り添わせていた。そんな鑑導の傍にいると、大地之助がことさら小さく見えた。


 その大地之助はこちらに背を向けているので何をしているか分からないが、二人は俯き加減で間にある何かをゴゾゴゾと触っているようだ。

「ん…これ難しい」

「大地之助、そうじゃない。これはこっちの親指を使って…そう、優しく」


「……?」

 江田たちは二人が何を触っているのか確かめようと伸び上がる。だが、どうやっても角度的に見えそうにない。

 それでも躍起になって覗きこんでいたその時、鑑導の言葉が家臣たちを凍りつかせた。


「こっちの手はしごき上げるんだ。しっかり握るのも忘れるな」


「……!!!」

 田崎も江田も、ぐびりと喉を鳴らした。

 鑑導らが何をしているかは相変わらず見えない。

 ただ、大地之助の肩の動きや手の位置から察するに、もしや鑑導の魔羅をこすっているのではないか。

 大地之助はイヤイヤやっているように見えない。

 ということは、この二人は…。


 考えたくない最悪の事態に直面してしまったということか。

 衝撃のあまり江田たちが固まっていると、大地之助の声が響いた。


「あぁん、難しいよ」

 心なしか声音が鼻にかかった甘えたものに聞こえる。それに鑑導は落ち着いて答えた。

「根元はしっかり左手で掴んで…そう、そこっ。大地之助、今できたじゃないか」

「んっ…
んっ…あー、できたと思ったのはまぐれか」

「力任せにせず、優しくな」


 鑑導の魔羅を手淫している大地之助。もうそうとしか思えない。


 殿の大切な大地之助を、性的に利用しているこの男。

 許せない。

 江田たちは身を隠すのも忘れて、わなわなと震える拳で窓の柵を握りしめていた。


「あぁん、うまくできないよ…!」

「どれ、オレが手本を見せてやる。お前の貸せ」

 鑑導が大地之助へ向かって身を乗り出す。


(だ、大地之助殿が…!)

 大地之助のおちんちんに、鑑導が触れようとしている。

 そう危機を感じた江田がますます乗り出した瞬間、大地之助が身をひるがえした。

「やだっ!」

 拒絶してこちらに向いた大地之助の手には、わらの塊があった。


「……?」

 江田たちは拍子抜けした。

 性器を触らされていると思い込んでいたが、実はあのわらに二人で触れていたのか。


「これは…このわらじは、最後まで僕一人で作りたいんだ」


 …わらじ?

 そう言われてみれば、大事そうに持たれたわらは鼻緒らしき形に編み上げられている。

 きょとんとしている家臣たちに聞こえてきたのは、思いもよらない大地之助の言葉だった。

「殿への大切な誕生日の贈り物だもん。だからちゃんと僕一人で作りたい」


「!!!」

 殿への誕生日の贈り物。

 そういえば、何にしようか悩む大地之助に自分たちも相談された。


『殿は大地之助殿がいればそれでいいんだから、何もしなくていいよ』

『自身を差し上げものって言えば、殿は喜ばれるよ?』

 そう答えた気持ちに偽りはないが、具体的に何かを提案しなかった自分たちに、大地之助は不満そうだった。

 どこで鑑導のことを知ったのかは分からないが、きっと精一杯、自分なりに考えたのだろう。


「殿、僕がこんなことしてるなんて知らないから、誕生日にお渡ししたらきっとすごく驚くぞ」

 江田たちが見つめていることも知らず、窓際の机でわらじを大事そうに抱えながら幸せそうに笑っている。


 嘘をついて昼に抜け出していたのも、夜とてつもなく眠そうだったのも、毎日ここへ来て殿のわらじを作っていたから。


「……」

 江田も田崎も、大地之助の気持ちを知って感無量だった

 それと同時に、昼寝の時間を削ってまで殿の為にと頑張るいじらしい大地之助を、鑑導と浮気しているなどと少しでも疑ってしまったことを恥じた。