殿の誕生日 27
「なっ…何をしている!!」

 じゃれている二人の耳に、突然男の声が鋭く響いた。

 ハッとしてそちらを見ると、五代が青い顔で部屋の入口に突っ立っている。

「五代さん!?」

 大地之助はなぜここに五代が来ているのか分からず、心底驚いた。

 鑑導は侍の格好をした男が徳代家の人間であることにすぐに気づいた。


「…五代さん、何でここに…」

 大地之助が鑑導に組み敷かれたまま不思議そうに呟くと、五代の後ろから万次郎が現れた。

「大地之助殿、すまん…五代殿と寺の手前で鉢合わせしてしまって…」

 申し訳なさそうにそう詫びる万次郎も、部屋に入ったとたんに大地之助と鑑導の体勢の怪しさに面食らっている。


 五代がわなわなと震えながら言った。

「…貴様…殿の大事なお小姓になんてことを…!!」

 鑑導に覆いかぶさられている大地之助の着物は、大きく乱れていた。

 足の裏をくすぐられていたため裾がまくれ上がり、太ももがあらわになっていたし、腋の下への攻撃で胸元もきちんと合わさっていない。

 おまけに頬には涙の筋。


 五代からすれば、これはどこからどう見ても、大地之助が鑑導に力ずくで犯されそうになっているとしか思えなかった。

「お…おのれぇ…」

 五代は腰に携えている刀の鞘を握った。


「五代さん、やめてっ!!」

 大地之助は慌てて立ち上がり、五代の元へと向かった。

「違うんだ、僕は鑑さんとくすぐりあいっこしてただけだよ!!」

「くすぐりあいっこ…」

 万次郎は気の抜けた声でそう呟いた。


 目にした時はかなりたまげたが、その発言を聞いて一安心する。

 大地之助がそう言うのなら間違いないだろうし、鑑導が大地之助を泣かすような男ではないことは、万次郎が一番よく知っている。


「ただ単に遊んでただけなんだから、ねっ」

 五代の両袖を持って、必死に訴える。

 大地之助に困ったような顔で上目遣いに懇願されて、それで願いを聞かないなんて選択肢は自分にはない。五代は赤くなりながら承諾した。


「……」

 そんな様子の二人を、鑑導は床に座ったまま黙って見ていた。

 説き伏せている大地之助にメロメロな様子で『うん、うん』とうなずいている侍。きっと城では殿をはじめ、こんな大人たちを普段は何人も従わせているの

だろう。

 そう思うと鑑導は、ここは自分の寺なのに、ひどく場違いなところにいるような気がした。


 大地之助は五代がなぜこの場所を知っていたか話してもらった。

「…殿、知ってたんだ…」

 内緒にしておきたかったのに、と大地之助は落胆する。五代は殿のお気持ちを分かってほしくて、説明を続けた。

「大地之助殿、殿は大地之助殿がその…もしや浮気…なさっているかもしれぬと大層ご心配を…」

「ウワキ?」

 大地之助は浮気の意味が分からないので、眉をひそめた。


「要するに、お前がここへ通うのは、お前とオレとが惚れあってて性交してんじゃねぇかって殿サンが心配してたってことだ」

「ええ!?」

 大地之助は仰天した。まさか、そんな風に思われていたなんて。五代が口を開いた。

「それで、誠に申し訳ないのだが、ある日からずっと中条殿や江田殿、田崎殿と私が交代で大地之助殿をつけて、ここでの様子を見ていたんだよ…」

「……!!!」

 あまりのことに、大地之助は何も言えなかった。浮気を疑われているだけでも驚いて衝撃なのに、ここでの自分を見られて報告されていたなんて。

 自分を信じていないのか、という気持ちが芽生え、大地之助は不機嫌そうに口唇を尖らせた。


 それを見て五代が慌て気味に言った。

「と、殿は大地之助殿のことを本気で心配されていたからこそなのだ、だからどうか気分を害さないでくれ」

「……」

 でもなぁ…と恨めしげな視線を送る大地之助の後ろで、鑑導がガハハと豪快に笑った。

「殿サンのお気持ちは分かるが、オレと大地之助がイイ仲なんて、ありえねぇよなぁ?」

 大地之助は可笑しそうに肩を揺する住職を振り返って見上げた。

「言っちゃあ悪いが、オレの好みはもちっと大人の…魔性っつーのかなぁ、見るからにスキ者そうなヤツでね。大地之助じゃガキくさくて、正直物足りねぇんだワ」


「鑑さん…」

 万次郎は、本心を隠してわざとそう言う鑑導にすぐに気がつき、切なかった。


 当然そんな気持ちに勘づくわけもない五代は、みんなの憧れである大地之助が不足だとでも言うかのような鑑導に、苛立ちを感じて責めた。

「何を言うか。他の者から聞いておるぞ。お前、大地之助殿を後ろから愛おしげに抱きしめていたというではないか!!」

 鑑導はヤバッと思った。いつぞやのことも、しっかり見られていたのか。

「どういうことだ、鑑さん」

 万次郎もひそかに大地之助に想いを寄せている一人のため、気が気ではない。


「え?そんなことあったっけ?」

 困っていると、鑑導の隣で大地之助が不思議そうに言う。

 あの時大地之助はわらじづくりに没頭していて、そのことに気づいていなかった。ゆえに鑑導は少々残念というか虚しさを覚えたものだが、逆に今そのことで

助かった!と感じていた。


「そうだよなぁ、そんなことなかったよなぁ。第一、オレたちゃ友達だもんな?」

「…うん!」

 『友達』。

 大きくうなずきながら明るい笑顔で返事をする大地之助に、鑑導は胸が痛んだ。


 それを振り払うように、鑑導は笑いながら続けた。

「ま、その過剰なご心配も今日までだな。大地之助がここへ来るのは今日で最後だから」

 大地之助はハッとしたように鑑導を見上げた。

「え…?もう来ちゃいけないの?」

「そりゃそうだろう」

「なんで?せっかく仲良くなれたのに…今友達だって言ったじゃないか」

「……」

「…何とか言ってよ。鑑さん、初めて会った時に言ったように、やっぱり僕のこと迷惑だった?」


 大地之助はあからさまに鑑導の言葉に衝撃を受けており、傷ついた様子だった。

 そんな顔で見上げられ、鑑導は胸に迫るものを感じ、思わず口にした。

「っ…迷惑なんてことはない」

 それを聞いて大地之助は少し嬉しそうな様子を見せた。

「だったらまたここへ…」

「オレだって寂しいが、徳代家のお小姓が理由もないのにこんなとこに来るなんてことは、お前はよくても殿サンが許さないぞ」

「……」

 子どもゆえに、殿の嫉妬にまで考えが及ばない。その無邪気さに鑑導は心が痛かった。