殿の誕生日 8
 大地之助はさっそく次の日から、鑑永寺に通うようになった。

 今日は自身が見つけている城の抜け道から来たのだが、城の者は誰一人気づいていないようで、大地之助はホッとしていた。


 その日。

「鑑導さんってさぁ、このお寺でずっと一人なの?」

 不意に大地之助が問いかけてきた。

「ああ」

「ええ!!」

 余程驚いたのか、大地之助はわらじづくりの手を止めて目を見開いている。


「…なんだよ」

 なぜそんなことが気になるのか鑑導は逆に不可解で、大地之助を見返す。

「ずっと…ずっと、朝から晩まで?」

 なおも尋ねてくる大地之助にため息をついて答えた。

「そうだよ、朝から晩まで、オレはもうずーっと、何年も一人だよっ」

 そう言ってわらじづくりを教えることを続行しようとする鑑導を、大地之助はしばらく無言で見つめていた。

 どうやら何か思うところがあるらしい。そしておもむろに口を開いた。


「…さみしくないの?」


「ぶっ!!」

 鑑導は思わずずっこけそうになった。

「さぁみしいだって?そんなこと思うわけねぇだろー」

「……」

 大地之助はその返事に小さくハッとした様子を見せた。

「オレはずっと一人だ。今さらさみしいなんて感覚ねぇよ」

「ふぅん…」

「お前、どうせ大名家かなんかのイイトコに生まれて、んで徳代家の小姓になったんだろ?まぁ生まれてからずっと、お付きに囲まれてるご身分のヤツにゃ、

別世界っつーか考えられねぇ生き方かもなぁ」

 鑑導は口元をニッと上げて笑った。

 それはどこか、生まれや育ちが裕福な立場のものを嘲るような笑顔だった。


 大地之助はそれを聞いて首を振った。

「うぅん、僕は大名家に生まれたんじゃないよ。町人の子どもなんだ」

 鑑導は驚いた。

 本来殿さまのお小姓になる者は、基本的に武士の家に生まれた者と決まっていたからだ。町人出身の小姓など、初耳だった。


「え…なんでまた」

「僕、三ヶ月ぐらい前に家族のみんなを海の事故で亡くしちゃって…一人ぼっちになったんだ」

「……」

 大地之助の表情が少し曇る。こんなに明るく元気な子どもに、そんな過去があったなんて。

 それを知って鑑導は衝撃を受けた。


「親戚のおじさん家に引き取られることになってたけど、そこも子だくさんで生活がきゅうきゅうで…申し訳なくて困ってるとこに、殿のお小姓探しをしてる

お城の人に会って、それで…」

「そうか…」

 鑑導は神妙な表情だった。

 大地之助のことを、何の苦労もなく今の立場にいると思い込んでいたため、少し意地悪に接していた自分が恥ずかしくなった。


「だから身寄りがない僕をお小姓として拾ってくれた殿には、すごく感謝してるんだ!」

 過去の話で少し暗い影を落としていた大地之助の表情に、明るさが戻った。ニコニコと微笑んでいる。

「あ、ああ、そうだな」

 鑑導はつられて笑った。

「でもさ、僕一人になった時すごくすごく寂しくて…本当に辛かったんだ。だから、鑑導さんも一人で寂しくないのかなって、聞いてみたんだ」

「オ…っ…オレはっ…」

 また自分の話になって、鑑導はどぎまぎした。

 こんな小さな子どもに心配されている。妙な気恥かしさが生じてしまって、ついついつっけんどんに返してしまう。

「オレはそもそも人嫌いなんだっ。これがちょうどいいんだ、寂しくなんかないっ」

 なぜかあたふたしている様子の鑑導に、大地之助は不思議そうな顔をして尋ねた。

「じゃあ、僕のことも迷惑…?」

「なっ!!」

 さらに鑑導がうろたえ始める。その顔は真っ赤だった。

「いや、だって…人嫌いって言っても、こうやって面倒見てくれてるから、どうなんだろうってふと気になって」


「それはアレだろ、お前が酒瓶持って暴れそうだったから、オレがついポロっと教えてやるって言った手前、約束守ってやってるだけのことだろ!」

 それを聞いて、大地之助は少し寂しそうな様子を見せた。

「約束だから…?鑑導さん、僕のこと嫌い?」


「ぶっっ!!!」

 思いがけない直球な質問に、鑑導は再びずっこけた。

「ねぇ、嫌い?」

 大地之助は鑑導が自分をどう思っているのか本当に分からず、必死に問いかけてくる。

 上目遣いで答えをせがまれて、鑑導はもう逃げられないと、観念して正直に答えた。


「きっ…嫌いじゃねぇよっ」

 大地之助の顔をまともに見られず、目をそらしている。大地之助は肩をすくめて、ふふっ、と笑った。

「よかったぁ」

 ホッとして嬉しそうにニコニコ微笑んでいる子どもをちらりと見てみる。鑑導は思った。

(こいつ…こいつ自身が素直で無邪気だから、こっちも心がありのままになっちまうんだ。殿さんに愛されてるのも分かるな…)


「お前さぁ…」

 喜ぶ大地之助をまじまじと見つめて、鑑導は続けた。

「たらしの天才だな」

「え?」

 『たらし』の意味が分からない大地之助は、きょとんとしたまま聞き返した。


「…まぁいいや。お前はそのまんまでいろ。さぁ続けるぞ、時間ないんだろ?」

 照れ隠しに大地之助のおでこをぺちっ!と叩いて、鑑導はわらじづくりを再開するよう促した。

「……」

 大地之助はじんじんと軽く痛むおでこを黙ってさすりながら、編みかけのわらを手にする。


 『嫌いじゃねぇよっ』。


 こういう言い方しかできない男だが、これが鑑導の精いっぱいの優しさなのだ。

 それが大地之助には嬉しくて、自然に顔がほころぶ。


「でこ真っ赤にして何ニヤついてんだ」

「……」

 鑑導に指摘されて、大地之助はふふっと笑ってわらじを編み始めた。